職員室での一件を終え、軽音部室に戻ってきた私たち。
本当なら、これからさあ練習だって言いたいところなんだけど、それよりも先にやらなきゃならないことができちゃった。
さっき職員室で説明された、部活動紹介。
まずは、これに参加するかどうか決めないと。
私と三島、それにユウくんの三人は、それぞれ向かい合うようにイスに腰掛けながら、話を始める。
「えっと、どうしたらいいと思う?」
とりあえず、まずはユウくんに聞いてみる。
三島もどうしたいかわからず悩んでたみたいだし、それなら、ユウくんの意見を聞いてみたい。
「俺はもう部員じゃないし、実際に話したり演奏したりするのは二人だからな。必要だと思ったらアドバイスはするけど、実際にどうするか決めるのも、二人だと思う」
それは、確かに。
今の正式な軽音部員は私たちなんだから、ここは私と三島で話し合って答えを出さなきゃいけないのかも。
けど、それじゃどうすればいいのか、今のところまるでわからない。
それでも、まずは三島が声をあげた。
「話をするくらいなら全然いいけど、問題は演奏だな。俺、人前でまともに演奏したことなんてないからな。いつかはそうしたいって思ってたけど、急な話だし、今の俺達にまともな演奏なんてできるのか?」
「だよね……」
それは、私の抱いていた不安そのものだった。
大勢の人の前で話をするのは、緊張するだろうけど、やってみようって思う。
けど演奏ってなるとどうだろう。
私だって、誰かの前で演奏してみたいって気持ちはある。
ただ、うまくいく自信はないかも。
「私、初めてからまだ半年しか経ってない」
「俺はもう少し短い」
「おまけに、途中で受験勉強も挟んでたよね」
「ああ。おかげで、一時期はほとんど練習できなかった」
これが、私たちの音楽歴の全て。
こんなのでいきなりステージに立って演奏ってなると、そりゃ不安にもなるよね。
「部活動紹介は明日だから、今からじゃ練習する時間も少ないよね」
「ほとんどぶっつけ本番みたいなもの。それで初舞台か」
話していくうちに、元々あった不安が、さらに大きくなっていく。
二人とも口には出さないけど、流れは確実に辞退する方向へと進んでいってるような気がした。
「なあ、有馬……先輩は、初めて人前で演奏したのっていつなんだ?」
三島がユウくんに尋ねる。
決めるのはあくまで自分たちだけど、こういうのを聞くくらいならいいよね。
「そうだな。何人かの知り合いに聞かせたことはあったけど、初めて大勢の前で演奏したのは、一年の頃の文化祭だな。それが確か、始めてからだいたい半年くらいだったかな」
半年。ちょうど、今の私たちと同じくらいだ。
ユウくんが音楽を始めたのは高校に入ってすぐだったから、そこから文化祭のある秋までってなると、確かにそれくらいか。
「半年であんな凄い演奏できたんだ」
その時の文化祭のステージは私も見たけど、今の私よりもずっとずっと上手くてかっこよかった。
やっぱりユウくんはすごいな。
って思ったんだけど、なぜかユウくんは苦笑いを浮かべた。
「藍、あれを上手いと思ったなら、多分それは記憶違いだよ。それか、他のメンバーのおかげでそう聞こえただけだ」
「えっ、そんなことないよ。絶対上手だった」
そういえばユウくん、前にも、あの時の演奏はまだまだ下手だったみたいなことを言っていたっけ。
私にとってはすごかったって、今でも心に刻まれてるのに。
「本人が違うって言ってるんだから違うんじゃないのか。だいたい、半年でそこまで上手くなるのは、いくらなんでも無理があると思うぞ」
「もう、三島まで!」
絶対絶対、上手だったのに。
茶化すように言う三島をジトッとした目で睨むと、ユウくんがまた苦笑いする。
「まあ、上手いって言ってくれるのは、ありがとな。だけどあの時、俺以外の二人はもっと上手かったぞ」
「ユウくん以外の二人?」
そういえば、あの時ステージにいたのは、ユウくんを入れて全部で三人だった。
って言っても、ユウくん以外はほとんど見てなかったから、覚えているのはそれぞれの担当楽器くらい。
「確か、ギターとドラムだったよね」
「そう。ギターの奴はもう何年も前からやっていて、ドラムの子も、元々中学の頃に吹奏楽部に入ってたから、基礎が違ってたんだ。おかげで、初心者の俺は色々フォローしてもらったよ」
ユウくんはそう言うけど、他の人が上手いのは、プレッシャーにもなりそう。
しかも、初めて多くの人の前で演奏するのが、一般のお客さんも来る文化祭のステージだったんだから、明日の部活動紹介よりもずっと緊張しそう。
そんな中で、ユウくんはどんな気持ちでめてのステージに挑んだんだろう。
「ユウくんは、大勢の前でやるのって不安じゃ無かった?」
「もちろん不安はあったよ。前の日の夜なんて、緊張して眠れなかった」
「そうだったの? 全然そんな風に見えなかったよ」
文化祭の前の日にも、ユウくんはいつものように私の家に来てたし、次の日演奏することだって楽しそうに話してたのに。
「人前で演奏するのが怖くて緊張してるだなんて、言いたくなかったからな。特に藍の前では。それに確かに不安だったけど、やっぱり楽しみでもあった。大勢の前で演奏するってのは、一つの目標みたいなものだったからな」
「そうだったんだ」
「それで、実際に演奏してどうなったかは、さっき言った通り。決して上手くは弾けなかった。だけど楽しかったし、また次もやりたいって思った。とりあえず、俺が初めて人前で演奏したのはこんな感じだけど、少しは参考になったか?」
そこまで話したところで、ユウくんは息をつく。
私も、昔見に行ってた文化祭。その時こんなことを思ってたんだって知ったら、なんだか不思議な感じがした。
私たちはどうだろう。今の話を聞いて、明日の部活動紹介をどうするか、もう一度よく考えてみよう。
もちろん、三島も一緒に。
「三島は、今の私達が演奏して、上手くいくと思う?」
「厳しいだろうな。経験も練習量も、きっと全然足りてない」
「やっぱり?」
そうだよね。今の私たちじゃ、まだ人前に立って演奏できるような実力なんてないし、ユウくんみたいにフォローしてくれる人もいない。
それならやっぱり、明日演奏するのは諦めた方がいいのかも。
けどなぜだろう。頭ではそう思っていても、ハッキリやめようとは言えなかった。言いたくなかった。
今のユウくんの話を聞いた後だと、その思いは、ますます強くなっている。
なら、それが私の中の答えなのかもしれない。
「えっとね、三島。私、演奏してみたい。力不足かもしれないけど、それでもやってみたい」
ユウくんだって、大勢の人の前での演奏に不安はあったけど、楽しみにもしてた。
それは、私だって同じ。不安だけど、演奏するところを想像したらワクワクだってしてくる。
楽しみな気持ちがあるってのに、不安になるところだけを気にして諦めるのは、とてももったいないような気がした。
って言っても、これはあくまで、私だけの意見。
「……三島は、どうかな?」
本当にステージの上で演奏するなら、私一人じゃさすがに無理。
もしも三島がやりたくないって言うなら、その時は諦めるしかないのかも。
じっと、三島の返事を待つ。
「お前、何でいきなりそんな事言うんだよ」
最初に出てきた言葉を聞いて、ちょっぴり肩を落とす。
三島は、出たくないって思ってるのかな。
けどそんな予想は、次の言葉を聞いてひっくり返る。
「せっかく、俺からやろうって言おうと思ってたのによ」
「えっ? それじゃあ……」
「演奏しようぜ。まだ初心者だから怖くてできませんなんて、カッコ悪いだろ」
それを聞いて、カッと胸が熱くなる。
三島も同じ気持ちだったんだって思うと、嬉しくなる。
そして、ユウくんが締めくくるように言った。
「どうやら、決まったみたいだな」
そう、決まったんだ。私たちの、初めてのステージが。
気がつけば、グッと力を込めて手を握ってた。
そして私と見は、どちらから言うでもなく、それぞれの楽器を手に取った。
なにしろ、やると決めたのはいいけど、時間がない。
「じゃあ、早速練習開始だね」
「ああ。で、曲は何にするんだ?」
「あれがいいんじゃない? 何度か一緒に練習したやつ」
私が言ったのは、初心者でも割と弾きやすくて、みんなも知ってそうな、知名度の高い曲。
練習した経験も含めて、二人一緒に弾ける曲となると、それしかない。
「じゃあそれでいくか」
こうして私たちは、急遽決まった初ステージに向け、練習を始める。
「二人とも、頑張れ」
そう言ってユウくんは、私たちを嬉しそうに見守っていた。
本当なら、これからさあ練習だって言いたいところなんだけど、それよりも先にやらなきゃならないことができちゃった。
さっき職員室で説明された、部活動紹介。
まずは、これに参加するかどうか決めないと。
私と三島、それにユウくんの三人は、それぞれ向かい合うようにイスに腰掛けながら、話を始める。
「えっと、どうしたらいいと思う?」
とりあえず、まずはユウくんに聞いてみる。
三島もどうしたいかわからず悩んでたみたいだし、それなら、ユウくんの意見を聞いてみたい。
「俺はもう部員じゃないし、実際に話したり演奏したりするのは二人だからな。必要だと思ったらアドバイスはするけど、実際にどうするか決めるのも、二人だと思う」
それは、確かに。
今の正式な軽音部員は私たちなんだから、ここは私と三島で話し合って答えを出さなきゃいけないのかも。
けど、それじゃどうすればいいのか、今のところまるでわからない。
それでも、まずは三島が声をあげた。
「話をするくらいなら全然いいけど、問題は演奏だな。俺、人前でまともに演奏したことなんてないからな。いつかはそうしたいって思ってたけど、急な話だし、今の俺達にまともな演奏なんてできるのか?」
「だよね……」
それは、私の抱いていた不安そのものだった。
大勢の人の前で話をするのは、緊張するだろうけど、やってみようって思う。
けど演奏ってなるとどうだろう。
私だって、誰かの前で演奏してみたいって気持ちはある。
ただ、うまくいく自信はないかも。
「私、初めてからまだ半年しか経ってない」
「俺はもう少し短い」
「おまけに、途中で受験勉強も挟んでたよね」
「ああ。おかげで、一時期はほとんど練習できなかった」
これが、私たちの音楽歴の全て。
こんなのでいきなりステージに立って演奏ってなると、そりゃ不安にもなるよね。
「部活動紹介は明日だから、今からじゃ練習する時間も少ないよね」
「ほとんどぶっつけ本番みたいなもの。それで初舞台か」
話していくうちに、元々あった不安が、さらに大きくなっていく。
二人とも口には出さないけど、流れは確実に辞退する方向へと進んでいってるような気がした。
「なあ、有馬……先輩は、初めて人前で演奏したのっていつなんだ?」
三島がユウくんに尋ねる。
決めるのはあくまで自分たちだけど、こういうのを聞くくらいならいいよね。
「そうだな。何人かの知り合いに聞かせたことはあったけど、初めて大勢の前で演奏したのは、一年の頃の文化祭だな。それが確か、始めてからだいたい半年くらいだったかな」
半年。ちょうど、今の私たちと同じくらいだ。
ユウくんが音楽を始めたのは高校に入ってすぐだったから、そこから文化祭のある秋までってなると、確かにそれくらいか。
「半年であんな凄い演奏できたんだ」
その時の文化祭のステージは私も見たけど、今の私よりもずっとずっと上手くてかっこよかった。
やっぱりユウくんはすごいな。
って思ったんだけど、なぜかユウくんは苦笑いを浮かべた。
「藍、あれを上手いと思ったなら、多分それは記憶違いだよ。それか、他のメンバーのおかげでそう聞こえただけだ」
「えっ、そんなことないよ。絶対上手だった」
そういえばユウくん、前にも、あの時の演奏はまだまだ下手だったみたいなことを言っていたっけ。
私にとってはすごかったって、今でも心に刻まれてるのに。
「本人が違うって言ってるんだから違うんじゃないのか。だいたい、半年でそこまで上手くなるのは、いくらなんでも無理があると思うぞ」
「もう、三島まで!」
絶対絶対、上手だったのに。
茶化すように言う三島をジトッとした目で睨むと、ユウくんがまた苦笑いする。
「まあ、上手いって言ってくれるのは、ありがとな。だけどあの時、俺以外の二人はもっと上手かったぞ」
「ユウくん以外の二人?」
そういえば、あの時ステージにいたのは、ユウくんを入れて全部で三人だった。
って言っても、ユウくん以外はほとんど見てなかったから、覚えているのはそれぞれの担当楽器くらい。
「確か、ギターとドラムだったよね」
「そう。ギターの奴はもう何年も前からやっていて、ドラムの子も、元々中学の頃に吹奏楽部に入ってたから、基礎が違ってたんだ。おかげで、初心者の俺は色々フォローしてもらったよ」
ユウくんはそう言うけど、他の人が上手いのは、プレッシャーにもなりそう。
しかも、初めて多くの人の前で演奏するのが、一般のお客さんも来る文化祭のステージだったんだから、明日の部活動紹介よりもずっと緊張しそう。
そんな中で、ユウくんはどんな気持ちでめてのステージに挑んだんだろう。
「ユウくんは、大勢の前でやるのって不安じゃ無かった?」
「もちろん不安はあったよ。前の日の夜なんて、緊張して眠れなかった」
「そうだったの? 全然そんな風に見えなかったよ」
文化祭の前の日にも、ユウくんはいつものように私の家に来てたし、次の日演奏することだって楽しそうに話してたのに。
「人前で演奏するのが怖くて緊張してるだなんて、言いたくなかったからな。特に藍の前では。それに確かに不安だったけど、やっぱり楽しみでもあった。大勢の前で演奏するってのは、一つの目標みたいなものだったからな」
「そうだったんだ」
「それで、実際に演奏してどうなったかは、さっき言った通り。決して上手くは弾けなかった。だけど楽しかったし、また次もやりたいって思った。とりあえず、俺が初めて人前で演奏したのはこんな感じだけど、少しは参考になったか?」
そこまで話したところで、ユウくんは息をつく。
私も、昔見に行ってた文化祭。その時こんなことを思ってたんだって知ったら、なんだか不思議な感じがした。
私たちはどうだろう。今の話を聞いて、明日の部活動紹介をどうするか、もう一度よく考えてみよう。
もちろん、三島も一緒に。
「三島は、今の私達が演奏して、上手くいくと思う?」
「厳しいだろうな。経験も練習量も、きっと全然足りてない」
「やっぱり?」
そうだよね。今の私たちじゃ、まだ人前に立って演奏できるような実力なんてないし、ユウくんみたいにフォローしてくれる人もいない。
それならやっぱり、明日演奏するのは諦めた方がいいのかも。
けどなぜだろう。頭ではそう思っていても、ハッキリやめようとは言えなかった。言いたくなかった。
今のユウくんの話を聞いた後だと、その思いは、ますます強くなっている。
なら、それが私の中の答えなのかもしれない。
「えっとね、三島。私、演奏してみたい。力不足かもしれないけど、それでもやってみたい」
ユウくんだって、大勢の人の前での演奏に不安はあったけど、楽しみにもしてた。
それは、私だって同じ。不安だけど、演奏するところを想像したらワクワクだってしてくる。
楽しみな気持ちがあるってのに、不安になるところだけを気にして諦めるのは、とてももったいないような気がした。
って言っても、これはあくまで、私だけの意見。
「……三島は、どうかな?」
本当にステージの上で演奏するなら、私一人じゃさすがに無理。
もしも三島がやりたくないって言うなら、その時は諦めるしかないのかも。
じっと、三島の返事を待つ。
「お前、何でいきなりそんな事言うんだよ」
最初に出てきた言葉を聞いて、ちょっぴり肩を落とす。
三島は、出たくないって思ってるのかな。
けどそんな予想は、次の言葉を聞いてひっくり返る。
「せっかく、俺からやろうって言おうと思ってたのによ」
「えっ? それじゃあ……」
「演奏しようぜ。まだ初心者だから怖くてできませんなんて、カッコ悪いだろ」
それを聞いて、カッと胸が熱くなる。
三島も同じ気持ちだったんだって思うと、嬉しくなる。
そして、ユウくんが締めくくるように言った。
「どうやら、決まったみたいだな」
そう、決まったんだ。私たちの、初めてのステージが。
気がつけば、グッと力を込めて手を握ってた。
そして私と見は、どちらから言うでもなく、それぞれの楽器を手に取った。
なにしろ、やると決めたのはいいけど、時間がない。
「じゃあ、早速練習開始だね」
「ああ。で、曲は何にするんだ?」
「あれがいいんじゃない? 何度か一緒に練習したやつ」
私が言ったのは、初心者でも割と弾きやすくて、みんなも知ってそうな、知名度の高い曲。
練習した経験も含めて、二人一緒に弾ける曲となると、それしかない。
「じゃあそれでいくか」
こうして私たちは、急遽決まった初ステージに向け、練習を始める。
「二人とも、頑張れ」
そう言ってユウくんは、私たちを嬉しそうに見守っていた。