ユウくんに手を引かれながら歩いていると、私の家が見えてきた。

「ねえユウくん、今日もうちに晩御飯食べにくるんでしょ」
「ああ、お邪魔させてもらうよ」

 私の家は、家族で喫茶店兼食堂をやっていて、ユウくんはそこに毎日夕食を食べに来てた。
 ユウくんの家にはお母さんがいなくて、お父さんも毎日帰ってくるのが遅いから。

「ただいまー」

 お店の扉を開くと、この店の店長でもある私のお父さんが出迎えてくれる。

「お帰り、藍。ユウくんもいらっしゃい」
「お邪魔します。今日もよろしくお願いします」

 お父さんにとっても、ユウくんは単なるお客さんじゃなくて、ずいぶん前から知ってる近所の子。

 ユウくんがここで毎日晩御飯を食べるようになったのはかなり前からだけど、今はいちいちメニューを見て注文するんじゃなくて、どんなご飯にするかは全部お父さんにお任せしてある。
 そっちの方が、栄養のバランスがとれるからだって。

 ユウくんの横に私も座って、そばに置いてある荷物を見る。
 学校指定の通学鞄。そして、さっきまで肩に担いでいた黒いケースだ。

「どうした、これに興味があるのか?」
「うん。中に入ってるのって、ギターだよね」
「ああ。正確にはベースギターだけど、まあギターの仲間みたいなものかな」

 ユウくんは、高校で軽音部に入ってる。
 私はそんなに音楽に詳しいわけじゃないけど、ユウくんがベースギターをやってるなら、興味はあった。

「最近ユウくんが帰ってくるのが遅いのって、毎日学校で練習してるからなんだよね」
「そうだよ。もうすぐ学校で文化祭っていうのがあって、みんなの前で演奏するんだ。だから、その練習」
「うん。去年見た!」

 ユウくんの通ってる高校の文化祭は、誰でも出入り自由。私も去年そこに行って、ユウくんがステージの上で演奏するのを見ていた。

「去年のユウくん、とっても上手でカッコ良かったよ」

 普段のユウくんもカッコいいけど、ステージの上でギターを弾くユウくんは、まるでテレビに出てくるスターみたいだった。
 だけどそれを聞いたユウくんは、ちょっぴり苦笑いする。

「去年は、始めてからそんなに時間が経っていなかったから、まだまだ下手だったよ。だから今年はもう少し上手に弾けるようにしたくて、今猛練習してるんだ」

 去年の演奏、下手だったの?
 私は十分上手だったと思ったのに?

 音楽のことは、やっぱりよくわかんない。けどユウくんががんばってるなら、精一杯応援したかった。

「練習、頑張ってね」
「ああ、ありがとな」

 こんな話をしていると、すぐにでもユウくんの演奏を聞いてみたくなる。
 だから、試しにこう聞いてみた。

「ねえユウくん、弾いてほしい曲があるの。『この子はピュアピュア』の歌って弾ける?」

 私が言ったのは、好きなアニメの主題歌。
 もう何年も続いてる、女の子向けのアニメシリーズだ。
 だけどユウくんは、それを聞いて困った顔をした。

「うーん。ベースじゃどうしても音域が低めになるからな。元の曲のままだと出せない音があるだろうし、難しいかもしれない」
「そうなの?」

 実は、何がどういうわけで難しいのかは、よくわからない。
 だけど、とにかく無理なんだ。
 仕方ないけど、残念。

 するとユウくんは、そんな私を見て、少しの間悩むように唸る。それから、こう言った。

「わかった。あの子はピュアピュアの歌だな。やってみるよ」
「ホント⁉」

 難しいのに、やってくれるの!?

「ああ。だけど、弾けるようになるまでちょっと時間がかかりそうなんだ」
「それってどれくらい?」
「うーん。文化祭か、もしかしたらそれより後になるかもしれない。それまで待っていられるか?」

 ユウくんの学校の文化祭があるのはもう少し先だから、それより後だと、だいぶ時間がかかりそう。
 それでも、ユウくんが弾くって言ってくれるなら、いつまでだって待てる気がした。

「うん、待つ。だから、絶対弾けるようになってね」
「ああ、約束だ」

 後から思うと、ただでさえ忙しいユウくんにこんなこと頼むなんて、かなり無茶を言ってた。

 なのにユウくんは、必ず弾くって約束してくれた。

「ありがとうユウくん!」

 だけど、この約束が果たされることはなかった。
 これからほんの数日後。ユウくんに二度と会えなくなるなんて、この時は夢にも思っていなかった。