鞄と楽器を手に、私たち三人は校舎を出る。ただ一人、ユウくんだけが手ぶらだった。
 物に触れることができないんだから当然か。

 と、そこであることに気づく。

「そう言えば、ユウくんの靴、どうしようか?」

 今のユウくんが、靴なんて持ってるわけない。
 服装は生きてた頃のままで、足には学校の中で使う上履きを履いてたけど、外でもそのままでいるしかないのかな。

 そう思ったけど、そうして見たユウくんの足には、ちゃんと外用の靴が履かれていた。

「その靴、どうしたの?」
「……あれ? 本当だ」

 ユウくん本人も、自分の靴がかわったことには気づいていなかったみたい。
 戸惑いながら首を傾げるけど、それを見て三島が言った。

「幽霊の格好ってのは、本人のイメージによって作られるみたいなんだ。本人がその場所に一番適していると思う姿に変化していく。だいたいそうでもないと、服まで幽霊の一部になってるのに説明がつかないだろ」

 そうなんだ。
 三島、霊感があるって言ってもそこまで強くない、なんて言ってたけど、その辺の知識はすっごくありそう。


「それと藤崎、こいつは他の奴には見えないんだから、話す時は注意しろよ。周りに人がいる時は、喋っているのを聞かれないように。あと、あまり見つめすぎないように。でないと、お前が変な奴って思われるからな。どうしても喋りたいなら、スマホを使って通話してるふりをするって手もある」

 こんなアドバイスまでしてくれた。やっぱり詳しい。

「おぉーっ」
「拍手はいらねえよ」

 私は素直に感心したんだけど、三島は特に嬉しくも無かったみたいで、フンと鼻を鳴らすだけだった。

「それにしても、全然部活の話出来なかったな」

 校門をくぐったところで三島が言う。
 そういえば、途中から軽音部の活動の事はすっかり忘れてた。

 それを聞いて、ユウくんが謝ってくる。

「時間とらせて悪かったな」
「ううん。ユウくんのせいじゃないって」
「いや、どう考えても俺が原因だろ」

 う〜ん。そんなこと無いって言うのは、さすがに無理があるかも。

 けど、だからって気にしてほしくない 。部活も大事だけど、今はユウくんの方が大事なんだから。

「どうせ部員ゼロで、俺達以外の見学者もいなかったんだ。入部するのが一日遅れたって問題ないだろ」
「そうそう。だから、全然大丈夫だよ」

 三島の言葉に、私も乗っからせてもらう。

 それからユウくんは、三島と、彼が持ってる荷物に目を向けた。

「そういえば、霊感少年も軽音部に入るんだよな。肩に担いでいるのは、ギターか?」
「霊感少年言うな。まあ、軽音部に入るのはその通りだよ」
「ギター歴は長いのか?」
「いや、始めてからまだ半年くらいだ」

 そういえば、さっきユウくんと二人だけで話してた時、三島の話を出しかけたっけ。
 ユウくんも軽音部員として、新入部員である三島のことが気になるみたい。

 だけど、三島がギターを始めた時期を聞いて、首を傾げた。

「半年? 確か、藍がベースを始めたのも、そのくらいだったよな?」
「うん、私の少し後に始めたの。凄い偶然でしょ。それまで全然音楽に興味あるように見えなかったから、驚いたよ」
「へぇ。偶然ねえ……」

 その偶然のおかげで、新入部員が私だけじゃなくなるんだから、嬉しいよ。

 でも、それを聞いたユウくんは、なんだか意味ありげに三島を見る。
 どうしたの?

「……なんだよ」
「いいや、なんでも」

 二人がそんな言葉をかわして、一瞬、微妙な空気が流れたけど、やっぱり私には、どういうことだかさっぱりわからなかった。

 そうこうしているうちに、分かれ道に差し掛かる。
 私たちの家と三島の家とでは、ちょっとだけ距離が離れてるから、彼とはここでお別れ。

 するとそのタイミングで、ふとユウくんが思いついたように言った。

「そう言えば、つい癖でこっちに帰ってたけど、俺はこのまま自分の家に帰るべきなのかな?」
「あっ……」

 そういえばと、それぞれの足が止まる。
 それから、真っ先に口を開いたのは三島だった。

「えっと……自分がいなくなった後の家族を見るのは、嫌か?」
「いや、そういうわけじゃないんだけどな」

 自分が死んだ後の家族の姿を見るなんて、気まずいことになりかねない。そう思ったのか、三島は、ちょっぴり聞きづらそう。

 だけど私は、それとは違うことを考えてた。
 ユウくんの家と家族について、とても大事なことをまだ言ってない。

「あの……ユウくん。ユウくんの家、あの後引っ越したんだ」
「えっ?」

 ユウくんが亡くなってから一年も経たないうちに、ユウくんのお父さんは、この街を去っていった。
 今どこにいるのかは、私も知らない。

「ごめんね。本当はもっと早く言わなきゃいけなかったのに」

 これじゃ家に帰ることも、家族の姿を見ることもできない。
 けどユウくんが気にしたのは、それとは全く別のところだった。

「困ったな。そうなると、今夜はどこで過ごそうか?」
「気にするとこそこかよ! いや、それも大事だけど、その……家族に会いたいとか無いのかよ?」

 家族よりも、今夜寝る場所。
 そんな発言を聞いて三島が声を上げるけど、当のユウくんは、あまり気にしていなかった。

「うちの親、放任主義だったから。それに、会いに行っても、俺が見えないんじゃどうしようもないだろ」
「けどよ……」

 三島は納得いってないみたいで、まだ何か言おうとしている。

 だけど、それを見て私は焦った。

(ユウくんがこう言ってるんだから、もうそれでいいじゃない。この話、もう終わりにしよう)

 これ以上、ユウくんの前で家族の話を続けるのは、よくないって思った。

 何か、何か話題を変えなきゃ。
 例えば、家がないなら、今夜どこで過ごせばいいかとか。

 そこまで思ったところで、後は考えなしに叫んでた。

「か、帰る場所が無いなら、私のうちに泊まればいいじゃない!」

 その声があまりに大きかったせいか、ユウくんも三島も、ピタリと話すのをやめる。

 とりあえず、これで今までの話を終わらせるのには成功。
 なんだけど、今になって、自分がとんでもないことを言ったんじゃないかって気になってきた。

(わ、私、ユウくんをうちに呼んだんだよね。しかも、泊まったらって言ったんだよね。男の子相手にそんなこと言うなんて、よかったのかな)

 ユウくんは、これを聞いてなんて思うだろう。
 恐る恐る表情をうかがうと、私はこんなにドキドキしてるのに、特に動揺した様子もなくて、平常運転って感じ。

 それでも念を押すように聞いてくる。

「ありがたいけど、いいのか?」
「うちにご飯食べに来てたのはいつものことだったし、泊まったことも何度かあったじゃない」
「でも、急だし迷惑にならない?」
「そんなことないよ。それに、このままじゃ行く場所が無いんでしょ。そんなの放っておけないよ」

 一度言ったんだから、後には引けない。
 幽霊になったユウくんが行けそうな場所なんてそう簡単に見つかりそうにないんだから、私が何とかしなきゃ。

 それに、ユウくんがうちに泊まるのは、これが初めてじゃない。
 休みの日の前の日とかに、私が、今日はずっといてほしいっておねだりしたから。
 うぅ….今思うと、かなりワガママなこと言ってたかも。

 と、とにかくそういうわけだから、うちに呼んでも何も問題なし。
 ってことで、いいよね。
 ……い、いいよね、多分。

「それじゃ、お世話になってもいいかな?」
「う、うん」

 こうして、ユウくんがうちに泊まるのが決定。そう思った、その時だった。

「いや、待て! まずいだろそれは!」

 突然、三島が大声で叫び出す。そして、なぜかユウくんに詰め寄った。

「まずいって、何かあるのか?」
「何かってお前……とりあえず、ちょっと来い」

 三島は口ごもりながら、チラリと私の方を見る。

「藤崎、今からコイツと二人で話すから、お前はここにいろ」
「えっ、どうして?」
「いいから、ついてくるんじゃねーぞ!」

 三島はそう言うと、ユウくんを連れて、道の先の角を曲がったところに歩いていった。