その時、私たちの間に、不機嫌な声が割って入ってきた。

「……なあ。二人とも、俺がいるってこと、わかってるよな?」
「み、三島?」

 わわっ!
 頭を撫でられるのに夢中になってたせいで、三島のこと、ちょっとだけ忘れてた。

 三島は、その声に負けないくらいの不機嫌な表情で、睨むように私たちを見ている。

「ご、ごめん……」

 大事な話をしてるのに、頭を撫でられて、能天気に喜んでたんだ。そんなの見てたら、怒るのも当然だよね。
 もっと真面目に考えないと。

「で、でも、それじゃどうすれば良いの?」

 今度は、もっとしっかりしなきゃ。
 そう思ったけど、幽霊が出た時どうすればいいかなんて、ちっともわかんない。

 それは三島も同じで、腕組みしながらうんうん悩んでた。

「さっきも言った通り、どうすればいいかは、俺だってよくわからない。霊感があるせいで、心霊関係のことは色々調べて知識もあるけど、こんな時どうすればいいかなんて知らねえよ。成仏させることができたら、それが一番いいのかもしれないけどな」
「成仏って、どうやって? お経をあげるとか?」

 お経なら、お寺の子どもの三島なら、あげることできるかも。
 そう思ったけど、当の本人は浮かない顔だ。

「あのな。そんなのでなんとかなるなら、葬式をあげた時点でとっくに成仏してるだろ。こいつの葬式の時にお経読んだの、俺の親父だぞ」

 そういえば、ユウくんのお葬式の時、三島のお父さんもいたっけ。

 本物のお坊さんがちゃんとしたお経をあげたのに、こうして幽霊になってるんだから、三島がやっても効果はないかも。

「他に、成仏させる方法定番って言うと、この世に残した未練を晴らすくらいか。何か、生きてる時にやりたかったことってないか?」

 三島がそう言って、ユウくんに尋ねる。だけど、これもあまり感触はよくなかった。

「無くはないかな。けど、今さらどうにかできるようなものじゃないんだ」
「そうかなのか?」
「ああ。というわけで、その方法は難しい」

 ユウくんのやりたかったこと、いったい何なんだろう。
 気になったけど、なぜかユウくんはハッキリ言ってくれなくて、なんとなく聞かない方がいいのかもって思った。

 けどそうなったら、いよいよお手上げ。
 それからも、三人で色々考えてみるけど、特にこれだってなるようないい案なんて浮かんでこない。
 しだいに、みんな口数が減ってくる。

 けど、そんな時だった。
 しばらくの間黙ってたユウくんが、遠慮がちに口を開いた。

「あのさ。本当に、今すぐ成仏しなきゃダメなのか?」
「お前、なに言ってるんだよ!?」

 思わぬ言葉に、三島が目を丸くする。
 驚いたのは、私だって同じ。だって、成仏しなきゃダメだから、こうして考えてるんだよね?

 けどユウくんも、考えなしにそんなことを言ったわけじゃなかった。

「俺だって、このままじゃダメっぽいのはわかるよ。けどな、とりあえず今のところは、問題なんて起きてないだろ」
「そりゃ、まあ……」

 それは、私もそう思う。

 少なくとも今のユウくんは、幽霊になったことを嫌がってはいないし、さっき三島が言ってたような、悪霊になる様子もない。

 今のままで何が問題かって言われても、すぐには思いつかない。

「これからどうなるかはわからないけど、今は大丈夫みたいだよね。悪霊って、そんなに急になるものなの?」
「それも、よくはわからない。けど確かに、一日や二日でどうにかなるとは思えねえな」
「じゃあ、まだ当分は大丈夫ってこと?」
「そうかもな。けど、やっぱりできることなら、早いうちに成仏させた方がいいと思う。まあ、それができないから困ってるんだけどな。ったく、どうすりゃいいんだよ」

 うーんと唸りながら悩む三島。

 だけど、とりあえずは、今すぐ危険になるわけじゃなさそうなんだよね。
 そして、成仏させた方がいいって言っても、その方法は、今のところ見つからない。

 じゃあ、もうこれしかないんじゃないかな?

「とりあえず、ユウくんにはしばらくこのまま幽霊でいてもらって、成仏させる方法は、ゆっくり考えるでいいんじゃないの?」

 これには、私の願望も、ほんの少し入ってる。

 もちろん私だって、成仏させられるなら、その方がいいっていうのはわかってる。
 けどそれはそれとして、もう少しの間、ユウくんと一緒にいたかった。

 こんなこと思うなんて、ワガママかな?

「藤崎、お前まで……」

 三島は呆れた感じでため息をつくけど、それからまたうーんと唸って、諦めたように言った。

「けどまあ、成仏させる方法がないなら仕方ない。しばらく、このまま幽霊でいるしかなさそうだな」
「本当!?」

 思わず、弾むような声が出る。

 すると三島は、そんな私とユウくんを交互に見ながら、付け加えるように言う。

「言っとくけど、もし成仏できそうな方法が見つかったら、すぐに試してみるからな。何度も言うが、幽霊になるってのは良い状態とは言えねえんだ」

 やっぱりそうだよね。

 それは十分わかってるつもりだけど、それでも、三島も認めてくれてホッとした。
 たとえ幽霊ってのが良くない状態だったとしても、またしばらくはユウくんに会えるんだ。こんなの、嬉しくないはずがない。

 するとユウくんも、ホッとしたように呟いた。

「良かった。本当は、もう少しだけ藍のそばにいたかったんだ」
「ユウくん……」

 その言葉にドキリとしたところで、部室の天井に取り付けられたスピーカーから、チャイムが流れ始めた。

 下校時間を告げるチャイムだ。
 いつの間にか、ずいぶんと時間が経ってたみたい。