「もうすぐ新学期かー」
「もうあと半年ないのかー」
天音と僕は、部屋に寝転がってそれぞれ声を上げた。
「...さらっと余命の話折り混ぜてくるの止めて?反応に困る」
「だって、天音だってあと半年弱で死神終わりだろ、変わんないじゃん」
「残念、人間の私はもう死んでるから全っ然違うよ」
「そっちこそ反応に困るんだけど」
「お返しだよ」
「胸糞悪いお返しだな」
「え、口わっる...」
天音がげんなりとした顔で此方を見る。
「良いだろう別に口が悪くたって」
「まぁ、まぁ、うん、そうだね」
複雑な笑みを浮かべて、天音がそう呟いた。
「あ」
「どうしたの?」
戸棚の中を整理していた僕の後ろから、天音が顔を覗かせた。
「いや、線香花火が出てきて。そのまま捨てるわけにもいかないから、一人で...」
そう言いかけて、思いとどまった。
「...え?なに?」
「夏になったら一緒にやろうか、線香花火」
そう言うと、彼女はぱぁっと顔を輝かせた。
「うん!」
力強く頷いて、弾けるように笑う。
「ねぇねぇ、立夏っていつだっけ?」
「まさかその日にやろうとか言わないよね?」
「楽しみなんだもん、早い方が良いじゃん」
「えー、待って。今調べるから」
床に放り投げてあった鞄の中からスマートフォンを取り出して、インターネットに繋げる。
「...あ、5/5だって」
「じゃああとひと月弱ぐらいか。楽しみだなぁ」
「8月とかじゃなくて、良いの?」
「...うん、早い方が良い」
「そう、じゃあ5月あたりにやるか」
僕がそう言うと、やったー、と声を上げて天音が笑った。
「愛空、今度何かあるの?」
夕飯を食べながら、母が僕に話しかけてきた。
「明日の夕方から夜にかけて、ちょっと出掛けてくるよ、9時までには帰ってくると思うけど。...なんで?」
「ううん、妙に楽しそうだから。天音ちゃんと?」
「...うん、まぁ」
「わぁ、デートだ、青春だ。楽しんでらっしゃい、遅くなり過ぎないようにね。ご飯先に食べてて良い?」
「うん」
デートじゃないよ、と言いかけたけど、わざわざ訂正する必要もないかと、一つ頷くに留めておいた。
翌日の日没直前。
家のインターフォンが鳴ったので玄関を開けると、浴衣姿の天音が立っていた。
「...なんか違和感あると思ったら、普段インターフォンなんて鳴らさないじゃん、天音」
「そこ?服装じゃなくて?頑張ったのに」
「...うん、似合ってる、可愛いよ」
僕がそう言うと、天音は嬉しそうに笑った。
「僕、思いっ切り普段着だけど大丈夫?浴衣で合わせられないよ」
「良いよ良いよ、私が突然思い立って浴衣にしただけだし。花火持った?」
「あ」
「おい」
「なんてね、持ってるよ。行こうか」
「どこ行くの?」
「公園」
「また夢のない...海とかじゃないの?」
「安全第一、近場でやりましょう」
「はーい」
天音がそう言って、てくてくと僕の先を歩いていく。
「ねぇ」
僕は天音が手に持っているものに気づいて声を掛けた。
「それなに?」
「ん?」
「手に持ってるやつ。それなに?」
「あぁ、これ?向日葵だよ」
天音がガサガサと音を立てて取り出したそれは、残光の中でも眩しいくらいに咲き誇っていた。
「向日葵?まだ早くない?」
「最近の生花業界はすごいんだねぇ。売ってたよ。だから買ってきた」
「へぇ、良いね」
3本の向日葵を抱えて、天音が嬉しそうに笑った。
ふわりと風に乗って薫った匂いに、僕は首を傾げた。
「これ、向日葵の匂いなの?なんか菊みたいな...」
「そうだと思うけど...私は分かんないや、鼻いいね。てか、なんで菊の匂いが分かるの」
「前に嗅いだことがあって。なんか鼻がいいって褒められてもあんまり嬉しくないのはなんで?」
さぁ、と言って天音がくるりと回る。
「ほら、着いたよ」
陽が沈んだ公園に、人気はなかった。
花火を取り出して、バケツに水道の水を汲む。
戻ってくると、天音は向日葵の花を近くのベンチに置いて戻って来たところだった。
「ライターは?」
「ここ」
「ローソクは?」
「要らないでしょ。じゃ、はい」
花火の袋を手渡すと、天音はガサゴソと音を立てて袋を探り、一本の線香花火を取り出した。僕がライターを持って火を点けると、夜の静寂の中に柔らかい破裂音が響いた。
「これ、なんて名前の花火?」
「...線香花火?」
「そうじゃなくて。聞いたことがあるんだけどさ、線香花火にも柳とか松葉とか、名前があるんじゃないの?」
あぁそれか、と思う。
天音が言っているのは、線香花火の種類ではなくて、花火の火花の散り方の話だろう。
「これが松葉」
ぱちぱちと音を立てる線香花火を指差して、僕は静かに言った。
「へぇ、これが」
「で、これが柳」
「え?」
「火花の散り方の名前なの。さっきよりも少し静かでしょ。だから柳」
「へぇ。花火の種類じゃないんだ」
「うん。...で、これは、散り菊」
ちりちりと微かに火花を散らす線香花火は、不思議な美しさに満ちていた。
派手でもないし、大きな音が鳴るわけでもない。でも、これほどに目が離せなくなるのは何故だろうか。
「あ、落ちた」
天音の声で我に返ると、紅葉色の火の玉がシュウと音を立てて地面に落ちるところだった。
「もう一本やる?」
花火の燃え殻をバケツに投げ込みながら問うと、天音が目を輝かせて頷いた。
「やる!愛空も一緒にやろ」
「うん」
2人で並んで、線香花火が儚く美しい花を咲かせるのを、黙って見ていた。
「終わったね」
「もうないの?」
「うん、終わり」
僕が空になった袋を畳んでポケットに入れた見ると、天音は少し寂しそうに「終わりかぁ」と呟いた。
「でも、楽しかった。ありがとう」
「此方こそ」
「あ、そうだ、バケツどうするの?」
「家で捨てるよ」
「ふーん、じゃあ、一緒に帰っても良い?」
「うん」
そう答えると、天音が嬉しそうに笑った。
「天音、今日はどうすんの?帰る?」
「うーん、そうだね。もうすぐ9時だし、帰ろうかな。じゃあこれだけ渡しておくよ」
天音は僕の手に3輪の向日葵を押し付けると、くるりと身を翻らせて行ってしまった。
「...よく分かんないやつ」
そう呟きながら抱えた向日葵は、相変わらず小さな太陽みたいに咲き誇っていた。
「もうあと半年ないのかー」
天音と僕は、部屋に寝転がってそれぞれ声を上げた。
「...さらっと余命の話折り混ぜてくるの止めて?反応に困る」
「だって、天音だってあと半年弱で死神終わりだろ、変わんないじゃん」
「残念、人間の私はもう死んでるから全っ然違うよ」
「そっちこそ反応に困るんだけど」
「お返しだよ」
「胸糞悪いお返しだな」
「え、口わっる...」
天音がげんなりとした顔で此方を見る。
「良いだろう別に口が悪くたって」
「まぁ、まぁ、うん、そうだね」
複雑な笑みを浮かべて、天音がそう呟いた。
「あ」
「どうしたの?」
戸棚の中を整理していた僕の後ろから、天音が顔を覗かせた。
「いや、線香花火が出てきて。そのまま捨てるわけにもいかないから、一人で...」
そう言いかけて、思いとどまった。
「...え?なに?」
「夏になったら一緒にやろうか、線香花火」
そう言うと、彼女はぱぁっと顔を輝かせた。
「うん!」
力強く頷いて、弾けるように笑う。
「ねぇねぇ、立夏っていつだっけ?」
「まさかその日にやろうとか言わないよね?」
「楽しみなんだもん、早い方が良いじゃん」
「えー、待って。今調べるから」
床に放り投げてあった鞄の中からスマートフォンを取り出して、インターネットに繋げる。
「...あ、5/5だって」
「じゃああとひと月弱ぐらいか。楽しみだなぁ」
「8月とかじゃなくて、良いの?」
「...うん、早い方が良い」
「そう、じゃあ5月あたりにやるか」
僕がそう言うと、やったー、と声を上げて天音が笑った。
「愛空、今度何かあるの?」
夕飯を食べながら、母が僕に話しかけてきた。
「明日の夕方から夜にかけて、ちょっと出掛けてくるよ、9時までには帰ってくると思うけど。...なんで?」
「ううん、妙に楽しそうだから。天音ちゃんと?」
「...うん、まぁ」
「わぁ、デートだ、青春だ。楽しんでらっしゃい、遅くなり過ぎないようにね。ご飯先に食べてて良い?」
「うん」
デートじゃないよ、と言いかけたけど、わざわざ訂正する必要もないかと、一つ頷くに留めておいた。
翌日の日没直前。
家のインターフォンが鳴ったので玄関を開けると、浴衣姿の天音が立っていた。
「...なんか違和感あると思ったら、普段インターフォンなんて鳴らさないじゃん、天音」
「そこ?服装じゃなくて?頑張ったのに」
「...うん、似合ってる、可愛いよ」
僕がそう言うと、天音は嬉しそうに笑った。
「僕、思いっ切り普段着だけど大丈夫?浴衣で合わせられないよ」
「良いよ良いよ、私が突然思い立って浴衣にしただけだし。花火持った?」
「あ」
「おい」
「なんてね、持ってるよ。行こうか」
「どこ行くの?」
「公園」
「また夢のない...海とかじゃないの?」
「安全第一、近場でやりましょう」
「はーい」
天音がそう言って、てくてくと僕の先を歩いていく。
「ねぇ」
僕は天音が手に持っているものに気づいて声を掛けた。
「それなに?」
「ん?」
「手に持ってるやつ。それなに?」
「あぁ、これ?向日葵だよ」
天音がガサガサと音を立てて取り出したそれは、残光の中でも眩しいくらいに咲き誇っていた。
「向日葵?まだ早くない?」
「最近の生花業界はすごいんだねぇ。売ってたよ。だから買ってきた」
「へぇ、良いね」
3本の向日葵を抱えて、天音が嬉しそうに笑った。
ふわりと風に乗って薫った匂いに、僕は首を傾げた。
「これ、向日葵の匂いなの?なんか菊みたいな...」
「そうだと思うけど...私は分かんないや、鼻いいね。てか、なんで菊の匂いが分かるの」
「前に嗅いだことがあって。なんか鼻がいいって褒められてもあんまり嬉しくないのはなんで?」
さぁ、と言って天音がくるりと回る。
「ほら、着いたよ」
陽が沈んだ公園に、人気はなかった。
花火を取り出して、バケツに水道の水を汲む。
戻ってくると、天音は向日葵の花を近くのベンチに置いて戻って来たところだった。
「ライターは?」
「ここ」
「ローソクは?」
「要らないでしょ。じゃ、はい」
花火の袋を手渡すと、天音はガサゴソと音を立てて袋を探り、一本の線香花火を取り出した。僕がライターを持って火を点けると、夜の静寂の中に柔らかい破裂音が響いた。
「これ、なんて名前の花火?」
「...線香花火?」
「そうじゃなくて。聞いたことがあるんだけどさ、線香花火にも柳とか松葉とか、名前があるんじゃないの?」
あぁそれか、と思う。
天音が言っているのは、線香花火の種類ではなくて、花火の火花の散り方の話だろう。
「これが松葉」
ぱちぱちと音を立てる線香花火を指差して、僕は静かに言った。
「へぇ、これが」
「で、これが柳」
「え?」
「火花の散り方の名前なの。さっきよりも少し静かでしょ。だから柳」
「へぇ。花火の種類じゃないんだ」
「うん。...で、これは、散り菊」
ちりちりと微かに火花を散らす線香花火は、不思議な美しさに満ちていた。
派手でもないし、大きな音が鳴るわけでもない。でも、これほどに目が離せなくなるのは何故だろうか。
「あ、落ちた」
天音の声で我に返ると、紅葉色の火の玉がシュウと音を立てて地面に落ちるところだった。
「もう一本やる?」
花火の燃え殻をバケツに投げ込みながら問うと、天音が目を輝かせて頷いた。
「やる!愛空も一緒にやろ」
「うん」
2人で並んで、線香花火が儚く美しい花を咲かせるのを、黙って見ていた。
「終わったね」
「もうないの?」
「うん、終わり」
僕が空になった袋を畳んでポケットに入れた見ると、天音は少し寂しそうに「終わりかぁ」と呟いた。
「でも、楽しかった。ありがとう」
「此方こそ」
「あ、そうだ、バケツどうするの?」
「家で捨てるよ」
「ふーん、じゃあ、一緒に帰っても良い?」
「うん」
そう答えると、天音が嬉しそうに笑った。
「天音、今日はどうすんの?帰る?」
「うーん、そうだね。もうすぐ9時だし、帰ろうかな。じゃあこれだけ渡しておくよ」
天音は僕の手に3輪の向日葵を押し付けると、くるりと身を翻らせて行ってしまった。
「...よく分かんないやつ」
そう呟きながら抱えた向日葵は、相変わらず小さな太陽みたいに咲き誇っていた。