【あ、起きた】
目を開けると、薄ぼんやりとした視界の中に神がいた。
【君、大丈夫かい?突然気絶しちゃうんだもの、吃驚したよ】
「...天音は」
【大丈夫、まだ馘にはしてないよ】
神が指差した先には、天音が壁に寄りかかって眠っていた。
ほぅと息を吐いたものの、神はもう一度僕を気絶させたいらしかった。
【これから馘にするかどうかはまだ決まってないけどね】
僕はぼうっとする頭を無理矢理叩き起こして、訊いた。
「天音が死神で在り続けるには、どうすれば良い」
【担当を変える】
神がぴっと人差し指を立てた。
歌を歌っている時の天音の仕草と似ている。
【若しくは】
僕は顔を上げた。
【深入りし過ぎないように我々が監視をする、または死神として在る期限を設ける】
ふぅ、と神が息を吐く。
【取り敢えずはこの3つだな】
「...分かった」
「3つ目にします」
聞き馴染みのある声が唐突に聞こえて、僕は頭が取れそうな勢いで振り返った。
天音が目を開いて、神をしっかりと見据えている。
【いつまでにする?】
「10月5日」
【分かった。あと237日か。まぁ、せいぜい楽しむことだ】
神が蔑むように笑って、ふっと姿を消した。それと同時に、天音の拘束も解かれたようだ。
「天音」
「あ、愛空」
僕は立ち上がった天音のところに駆けていった。
「怪我は?」
「ない」
「体調は?」
「大丈夫」
「良かった...」
思わず天音を抱きしめて、安堵の溜息を吐く。
「...愛空」
「ごめん、嫌だった?」
「ううん、それは、ない、けど」
ちらりと目をやると、天音の耳が赤くなっているのが見えた。体温はなくても、血は巡っているらしい。
「じゃ、もう少しこのままで居させて」
「ん、良いよ」
僕が彼女の肩に顎を乗せて呟くと、少し笑いを含んだ、柔らかい声が僕の耳に届いた。
「...そういえばさ、さっきの日付」
「あぁ、あれ?あれはね」
「僕の命日だよね」
天音がほぅと息を吐いた。
「...知ってたんだ」
「うん、前に数えた」
「わざわざ300日以上を?」
「だって気になるじゃん」
「...うん、そうだね」
天音の声が、少し悲しげな響きを伴って聞こえた。
「ねぇ、神」
僕が空中に向かって声を掛けると、なんとも言えない微妙な表情をした神が現れた。
【ねぇ神とはなんだ】
「聞きたいことがあってさ」
僕は神の文句を聞き流して続けた。
【何だ】
「僕の余命ってさ、覆ることあるの?」
【どう言う意味だ?】
「例えば、僕の死因が事故だとするでしょ。もしもその事故を回避したら、僕の余命は白紙に戻るわけ?」
【回避するのは不可能に等しいと思うが、もし回避できたとしても、宣告された残り時間が覆ることはない。苦しむ・苦しまないの違いはあろうがな】
「...そう」
【生き物の時間はな、吊り橋に似ている】
「吊り橋?」
【予測不可能の事故とか、大怪我とかは、吊り橋の橋桁に瓦礫が積み上がっているようなものだ。奇跡的に回避できたら死ぬことはない。ただ、予測ができないから、神も宣告できない。一方で、神が宣告できる余命は、その吊り橋が途中でふっと途切れているイメージだ。そうだな、月並みな例えになるが、運命と言い換えられるような】
吊り橋が途中で途切れている。
そんなの、どうしようもないじゃないか。
「分かった、ありがとう」
【それにしても、なんで急にそんなこと聞いてきた?死にたくない理由でも出来たか?怖気付いたか。】
「理由なんてないよ。ただ、少し、ほんの少しだけ、怖くなっただけだ」
【そうか】
神はふっと顔を背けると、煙のように消えていった。
「愛空」
「なに...ゔ」
天音の声が耳元で聞こえて顔を上げると、背中にずしりと重みを感じた。
「...重い」
「JKに重いって感想はブッ刺されるよ」
「そう、気を付ける」
僕はふぅと息を吐いた。
「...聞いてた?」
「何が?」
天音がきょとんとして此方を向く。
「...ううん、何でもない」
雪が降りそうに冷えた窓の外を、体温のない彼女と眺めながら、僕の心が確かに温まっていくのを、僕はゆっくりと感じていた。
「天音はさ」
「ん?」
「寒いの好き?」
「どうだろう。どうだったかなぁ」
「え?」
「死神には体温がないじゃない?だから、暑さ寒さも感じなくなるの。人間だった時は、とにかく身体が動かなくなるから嫌いだった気がするよ。暑くても倒れるから嫌だったけど」
「...全部嫌じゃん」
苦笑いしながら呟くと、あははっと天音が楽しそうに笑った。
「愛空は?寒いの、好き?」
僕の肩に腕を乗せて、天音が訊いた。
「前は嫌いだったけど、今は好きかな」
僕は、窓の外のどんよりと曇った寒空を見上げて、息を吐いた。
「生きてるって感じがするから」
ふふ、という天音の笑い声が聞こえる。
「そっか。生きてる感じがする、ね」
僕の背中に額を押し当てて、天音が嬉しそうに呟いた。
ねぇ、と僕は口を開く。
「さっきからさ、背骨が悲鳴をあげてるんだけど」
僕がそう呟くと、彼女は僕の背中に額をぐりぐりと押し付けてきた。
「痛い、いたいイタイ痛い止めろ!」
大声を上げた僕に、ごめんごめん、と笑いながら謝ってくる。蹲って彼女を睨み上げた僕の頭を、わしわしと撫でてきた。
「ごめんね、ちょっと悪戯したくなった」
「...暴力反対」
「ごめんごめん」
天音がのんびりとした調子で呟く。
僕はむくりと起き上がると、天音に正面から向き直って口を開いた。
「...天音」
「なぁに?」
「誕生日おめでとう」
「...あれ?今日だっけ?」
「2/14だろ。今日だよ」
「そっか。へへ、ありがとう」
天音がふっと表情を緩ませたのを見て、僕の胸がぽうと温かくなったような気がした。
「お祝いになんか一緒に食べる?」
「死神はご飯食べないよ。代わりにさ、愛空ともうちょっと一緒にいても良い?」
「ダメって言ったら?」
「...お願い」
僕は、なんだか彼女のせいで押しに弱くなったような気がする。はぁと息を吐いて、頬杖をついた。
「...もう少しだけだよ」
「うん」
背中に微かに残る痛みも、このなんとも言えない楽しさも、安心感も、僕の生存を告げる証拠となっているようで、僕は少しだけほっとしていた。
目を開けると、薄ぼんやりとした視界の中に神がいた。
【君、大丈夫かい?突然気絶しちゃうんだもの、吃驚したよ】
「...天音は」
【大丈夫、まだ馘にはしてないよ】
神が指差した先には、天音が壁に寄りかかって眠っていた。
ほぅと息を吐いたものの、神はもう一度僕を気絶させたいらしかった。
【これから馘にするかどうかはまだ決まってないけどね】
僕はぼうっとする頭を無理矢理叩き起こして、訊いた。
「天音が死神で在り続けるには、どうすれば良い」
【担当を変える】
神がぴっと人差し指を立てた。
歌を歌っている時の天音の仕草と似ている。
【若しくは】
僕は顔を上げた。
【深入りし過ぎないように我々が監視をする、または死神として在る期限を設ける】
ふぅ、と神が息を吐く。
【取り敢えずはこの3つだな】
「...分かった」
「3つ目にします」
聞き馴染みのある声が唐突に聞こえて、僕は頭が取れそうな勢いで振り返った。
天音が目を開いて、神をしっかりと見据えている。
【いつまでにする?】
「10月5日」
【分かった。あと237日か。まぁ、せいぜい楽しむことだ】
神が蔑むように笑って、ふっと姿を消した。それと同時に、天音の拘束も解かれたようだ。
「天音」
「あ、愛空」
僕は立ち上がった天音のところに駆けていった。
「怪我は?」
「ない」
「体調は?」
「大丈夫」
「良かった...」
思わず天音を抱きしめて、安堵の溜息を吐く。
「...愛空」
「ごめん、嫌だった?」
「ううん、それは、ない、けど」
ちらりと目をやると、天音の耳が赤くなっているのが見えた。体温はなくても、血は巡っているらしい。
「じゃ、もう少しこのままで居させて」
「ん、良いよ」
僕が彼女の肩に顎を乗せて呟くと、少し笑いを含んだ、柔らかい声が僕の耳に届いた。
「...そういえばさ、さっきの日付」
「あぁ、あれ?あれはね」
「僕の命日だよね」
天音がほぅと息を吐いた。
「...知ってたんだ」
「うん、前に数えた」
「わざわざ300日以上を?」
「だって気になるじゃん」
「...うん、そうだね」
天音の声が、少し悲しげな響きを伴って聞こえた。
「ねぇ、神」
僕が空中に向かって声を掛けると、なんとも言えない微妙な表情をした神が現れた。
【ねぇ神とはなんだ】
「聞きたいことがあってさ」
僕は神の文句を聞き流して続けた。
【何だ】
「僕の余命ってさ、覆ることあるの?」
【どう言う意味だ?】
「例えば、僕の死因が事故だとするでしょ。もしもその事故を回避したら、僕の余命は白紙に戻るわけ?」
【回避するのは不可能に等しいと思うが、もし回避できたとしても、宣告された残り時間が覆ることはない。苦しむ・苦しまないの違いはあろうがな】
「...そう」
【生き物の時間はな、吊り橋に似ている】
「吊り橋?」
【予測不可能の事故とか、大怪我とかは、吊り橋の橋桁に瓦礫が積み上がっているようなものだ。奇跡的に回避できたら死ぬことはない。ただ、予測ができないから、神も宣告できない。一方で、神が宣告できる余命は、その吊り橋が途中でふっと途切れているイメージだ。そうだな、月並みな例えになるが、運命と言い換えられるような】
吊り橋が途中で途切れている。
そんなの、どうしようもないじゃないか。
「分かった、ありがとう」
【それにしても、なんで急にそんなこと聞いてきた?死にたくない理由でも出来たか?怖気付いたか。】
「理由なんてないよ。ただ、少し、ほんの少しだけ、怖くなっただけだ」
【そうか】
神はふっと顔を背けると、煙のように消えていった。
「愛空」
「なに...ゔ」
天音の声が耳元で聞こえて顔を上げると、背中にずしりと重みを感じた。
「...重い」
「JKに重いって感想はブッ刺されるよ」
「そう、気を付ける」
僕はふぅと息を吐いた。
「...聞いてた?」
「何が?」
天音がきょとんとして此方を向く。
「...ううん、何でもない」
雪が降りそうに冷えた窓の外を、体温のない彼女と眺めながら、僕の心が確かに温まっていくのを、僕はゆっくりと感じていた。
「天音はさ」
「ん?」
「寒いの好き?」
「どうだろう。どうだったかなぁ」
「え?」
「死神には体温がないじゃない?だから、暑さ寒さも感じなくなるの。人間だった時は、とにかく身体が動かなくなるから嫌いだった気がするよ。暑くても倒れるから嫌だったけど」
「...全部嫌じゃん」
苦笑いしながら呟くと、あははっと天音が楽しそうに笑った。
「愛空は?寒いの、好き?」
僕の肩に腕を乗せて、天音が訊いた。
「前は嫌いだったけど、今は好きかな」
僕は、窓の外のどんよりと曇った寒空を見上げて、息を吐いた。
「生きてるって感じがするから」
ふふ、という天音の笑い声が聞こえる。
「そっか。生きてる感じがする、ね」
僕の背中に額を押し当てて、天音が嬉しそうに呟いた。
ねぇ、と僕は口を開く。
「さっきからさ、背骨が悲鳴をあげてるんだけど」
僕がそう呟くと、彼女は僕の背中に額をぐりぐりと押し付けてきた。
「痛い、いたいイタイ痛い止めろ!」
大声を上げた僕に、ごめんごめん、と笑いながら謝ってくる。蹲って彼女を睨み上げた僕の頭を、わしわしと撫でてきた。
「ごめんね、ちょっと悪戯したくなった」
「...暴力反対」
「ごめんごめん」
天音がのんびりとした調子で呟く。
僕はむくりと起き上がると、天音に正面から向き直って口を開いた。
「...天音」
「なぁに?」
「誕生日おめでとう」
「...あれ?今日だっけ?」
「2/14だろ。今日だよ」
「そっか。へへ、ありがとう」
天音がふっと表情を緩ませたのを見て、僕の胸がぽうと温かくなったような気がした。
「お祝いになんか一緒に食べる?」
「死神はご飯食べないよ。代わりにさ、愛空ともうちょっと一緒にいても良い?」
「ダメって言ったら?」
「...お願い」
僕は、なんだか彼女のせいで押しに弱くなったような気がする。はぁと息を吐いて、頬杖をついた。
「...もう少しだけだよ」
「うん」
背中に微かに残る痛みも、このなんとも言えない楽しさも、安心感も、僕の生存を告げる証拠となっているようで、僕は少しだけほっとしていた。