「ねぇ天音、気になったんだけど」
「なに」
天音のくぐもった声が聞こえる。
「てかさ、何その格好。そこ僕のベッドの上だよ」
天音は、僕のブランケットの中に潜り込んでいた。
「愛空の匂いがするー」
「...気持ち悪い」
「酷い」
天音が不満気に身体を丸めて、横向きに寝転がった。
「一応同年代の男子に寝起きを見られたら恥ずかしいじゃん、私もJKなんだから」
引っ付いて寝たのはノーカンなのか、と思いながら僕は手を伸ばして、天音からブランケットを引き剥がそうと試みる。
「僕は他人の布団に潜り込む方がよっほど恥ずかしいよ」
「価値観は人それぞれでしょー。で、何?気になったことって」
天音と一対一で綱引き、ならぬ布引きをしながら、僕はあぁ、と声を上げた。
「僕ってなんで死ぬの?と思ってさ」
「病院行ってないの?」
「行ったよ、健康体だってさ」
「ふーん」
「いや、今はその話をしてるんじゃなくてさ。天音、何か知らないの?」
「知ってる」
「え?」
「ような気がするし、知らないような気もする」
「何だよ」
「それよりもさ、さっきからブランケットみしみし言ってるけど大丈夫?」
「大丈夫な訳あるか。天音、離してよ」
「やだー!愛空が離してよー」
「僕も嫌だ」
軽やかに会話を展開させながら、僕は不思議な感覚を覚えていた。
天音は死神だ。今はもう人間じゃない。
だけど、彼女の隣は居心地が良い。
余命なんてものがなければ、もしも彼女が死神じゃなかったら。
僕は、天音にーーー
「...ゔーーん」
「え、何怖い、どしたの愛空」
急にブランケットの端を握ったまま唸り声を上げた僕に、天音は驚いたように目を見開いた。
「...天音」
「なに」
「僕、座禅でも始めようと思う」
「どうしたの急に、仏教に目覚めたの?」
「...煩悩が。煩悩の中でもかなり面倒な煩悩が」
うわぁ、と天音が顔を顰めて呟く。
「愛空が壊れた」
そう言って、少し困ったように、でもどこか楽しそうに、彼女は笑った。
学校から帰ってきて自分の部屋に入ると、珍しく天音が勉強机(一応言っておくが、僕の机である)を占領して何かを書いていた。
「ただいま」
声を掛けると、天音はびくっと身を震わせて机の上の何かに覆い被さった。
白い紙に、2、3行の文字が書かれている。隙間から覗いただけだが、まだ書き始めたばかりらしい。
「...おかえり」
「学校から帰ってくるの恐ろしく早くないか?何書いてるの?」
「だって死神だもん。幾らでも速く動けるよ」
「何でもありだな、死神って」
そう言うと、天音が得意げに笑った。
「で、何書いてたの?」
「あー、えー、年賀状?」
「もう終わったよ」
「えーとえーと、クリスマスカード」
「それも終わったよ」
「じゃあ寒中見舞い」
「じゃあって。ふぅん、誰に出すの?」
「愛空」
「僕?」
「そうだよ」
「じゃあ見して」
僕が覗き込もうとすると、天音は再びばっと机に覆い被さった。
「駄目」
にっと笑って、上目遣いで此方を見てくる。僕は反応に困って目を逸らした。
「...そう。じゃあ、楽しみにしてるよ」
僕がそう言うと、ふふ、と彼女は嬉しそうに笑った。
「うん。楽しみにしといて」
僕もつられてふっと笑った。
【やぁやぁ、久しぶり】
「げ」
1人で部屋にいると、久しぶりに自称・神が現れた。
【げとは何だ。わざわざ神が直々に来てやってるんだぞ、頭を床に擦り付けてひれ伏しても良いくらいだ】
「はいはい、ご用件は」
胡座をかいてスマートフォンを手に持ったまま、自称・神にそう訊いてやる。
【態度が全く改善されないのだが】
「良いでしょ別に」
ったく、と盛大に溜息を吐いてから、自称・神はやっと本題に入った。
【実は、死神の担当を変えようと思ってね】
僕のスマートフォンがガシャンと音を立てて床に落ちる。
「え?」
【死神・スズネは、いや、死神・アマネと言った方が良いかな。彼女は、君と仲良くなり過ぎたようだから】
「...天音」
【本来、死神は依頼者に深入りしてはならないんだよ】
「初耳だな」
【死神・アマネも、それはきちんと理解していて、今までは必要最低限の接触、つまり魂の狩り取り時のみ姿を見せていたから、そこは信用していたんだけどね。どうやら君と死神・アマネは相性が良すぎたみたいだから】
「...これ、抗議ってできるのか?」
【と言うと?】
「最期に僕の魂を狩り取る死神は、天音が良い」
【...我々は、君たちのことを一応依頼者と呼んでいる。ただ、君は我々に依頼した覚えはないだろう?我々もそうだ。私は今ここで、君を力尽くで従わせることもできるんだよ】
「話が見えないな。つまり、抗議はできないと?」
【理解が早くて助かるよ。私も残り時間が少ない君の時間を更に縮めるような真似は、したくはないからね】
「...ここで僕が、はいそうですかって引き下がると思うか?」
【そうだったら有難いがね】
「残念だけど、僕はそこまでお人好しじゃない。従順でもない。天邪鬼なんだ」
自称・神の表情が険しくなった。
僕は挑発的な笑みを浮かべて言い放った。
「とことん足掻かせてもらうよ」
【...君は阿呆か】
「知らないの?人間、大事な人と一緒にいる為なら阿呆にでもなるんだよ」
【みたいだな】
「じゃあ先ず質問だ。...天音は今どこに居る?」
神の眉がぴくりと動いた。
「いつもなら、呼んでもいないのに彼奴は勝手にやってくる。なのに今は呼んでも来ない。何かあった以外考えられない」
【君たちは本当に仲良くなり過ぎたようだね】
神は呆れたようにそう言って、頭の上に手を伸ばした。まるで、何かを掴んで引っ張り出すみたいに。
ごとん、と音がして、後ろ手に縛られた天音が空中から降ってきた。
「天音」
僕が思わず大声を上げると、神が僕の額に人差し指を当てた。たったそれだけで、僕は前に進めなくなってしまう。
神は気絶しているの天音の襟首を掴んだまま、ゆっくりと口を開いた。
【死神の採用について、君は死神・アマネから聞いているよね】
何故ここでその話が出てくるのか、理解が追いつかずに困惑した。僕が答えあぐねていると、神が続けて口を開く。
【死神・アマネは、ここでは人質だ。私がここで彼女を馘にすれば、死神・アマネは人間だった時の肉体に戻る。良いかい、変わるんじゃない、戻るんだ。そうなるとどうなるか、想像に易いだろう?】
人間に変わるのではなく、人間に戻る。
人間だった時の肉体に、戻る。
僕の喉がひゅっと音を立てた。
「お前」
僕が弾かれたように立ち上がったのを、神は片手で押さえ込んで楽しそうに笑った。
【瀕死の人間を採用する理由はそこにある。簡単に辞められちゃ、困るからね】
「お前の、それは、支配だ。採用でも雇用でも何でもない」
【可哀想な人間たちが生きたがっていたから、我々はその道を用意したまでだよ】
「それじゃあ、死神は永遠に逃れられないじゃないか」
【永遠なんてことはない】
僕は目を瞬かせた。どういうことだ?
【遠山愛空くん。君はどうやら誤解をしているようだ。死神は万能だと。違うか?】
神が冷酷な瞳で続ける。
【死神は、採用と同時に人間の時の肉体ではなくなる。だから体温もない、中途半端な肉体の具現化が成されている。でもね、身体の構造は人間だった時と変わらないんだ】
「何が言いたい」
【簡単だよ、死神を死神のまま辞める方法さ。
もう一度死ねば良い】
自分の頭がぐらりと揺れた。
自分が息をしているのか分からない。
喉が、からからに乾いていた。
【大丈夫か?君の方が死にそうな顔をしているぞ】
神の声が、どんどん遠くに離れていく。
視界が薄暗くなって、自分の血液が身体の中を流れる音だけが聞こえる。
どさりと音を立てて、僕は床に倒れ伏した。
「なに」
天音のくぐもった声が聞こえる。
「てかさ、何その格好。そこ僕のベッドの上だよ」
天音は、僕のブランケットの中に潜り込んでいた。
「愛空の匂いがするー」
「...気持ち悪い」
「酷い」
天音が不満気に身体を丸めて、横向きに寝転がった。
「一応同年代の男子に寝起きを見られたら恥ずかしいじゃん、私もJKなんだから」
引っ付いて寝たのはノーカンなのか、と思いながら僕は手を伸ばして、天音からブランケットを引き剥がそうと試みる。
「僕は他人の布団に潜り込む方がよっほど恥ずかしいよ」
「価値観は人それぞれでしょー。で、何?気になったことって」
天音と一対一で綱引き、ならぬ布引きをしながら、僕はあぁ、と声を上げた。
「僕ってなんで死ぬの?と思ってさ」
「病院行ってないの?」
「行ったよ、健康体だってさ」
「ふーん」
「いや、今はその話をしてるんじゃなくてさ。天音、何か知らないの?」
「知ってる」
「え?」
「ような気がするし、知らないような気もする」
「何だよ」
「それよりもさ、さっきからブランケットみしみし言ってるけど大丈夫?」
「大丈夫な訳あるか。天音、離してよ」
「やだー!愛空が離してよー」
「僕も嫌だ」
軽やかに会話を展開させながら、僕は不思議な感覚を覚えていた。
天音は死神だ。今はもう人間じゃない。
だけど、彼女の隣は居心地が良い。
余命なんてものがなければ、もしも彼女が死神じゃなかったら。
僕は、天音にーーー
「...ゔーーん」
「え、何怖い、どしたの愛空」
急にブランケットの端を握ったまま唸り声を上げた僕に、天音は驚いたように目を見開いた。
「...天音」
「なに」
「僕、座禅でも始めようと思う」
「どうしたの急に、仏教に目覚めたの?」
「...煩悩が。煩悩の中でもかなり面倒な煩悩が」
うわぁ、と天音が顔を顰めて呟く。
「愛空が壊れた」
そう言って、少し困ったように、でもどこか楽しそうに、彼女は笑った。
学校から帰ってきて自分の部屋に入ると、珍しく天音が勉強机(一応言っておくが、僕の机である)を占領して何かを書いていた。
「ただいま」
声を掛けると、天音はびくっと身を震わせて机の上の何かに覆い被さった。
白い紙に、2、3行の文字が書かれている。隙間から覗いただけだが、まだ書き始めたばかりらしい。
「...おかえり」
「学校から帰ってくるの恐ろしく早くないか?何書いてるの?」
「だって死神だもん。幾らでも速く動けるよ」
「何でもありだな、死神って」
そう言うと、天音が得意げに笑った。
「で、何書いてたの?」
「あー、えー、年賀状?」
「もう終わったよ」
「えーとえーと、クリスマスカード」
「それも終わったよ」
「じゃあ寒中見舞い」
「じゃあって。ふぅん、誰に出すの?」
「愛空」
「僕?」
「そうだよ」
「じゃあ見して」
僕が覗き込もうとすると、天音は再びばっと机に覆い被さった。
「駄目」
にっと笑って、上目遣いで此方を見てくる。僕は反応に困って目を逸らした。
「...そう。じゃあ、楽しみにしてるよ」
僕がそう言うと、ふふ、と彼女は嬉しそうに笑った。
「うん。楽しみにしといて」
僕もつられてふっと笑った。
【やぁやぁ、久しぶり】
「げ」
1人で部屋にいると、久しぶりに自称・神が現れた。
【げとは何だ。わざわざ神が直々に来てやってるんだぞ、頭を床に擦り付けてひれ伏しても良いくらいだ】
「はいはい、ご用件は」
胡座をかいてスマートフォンを手に持ったまま、自称・神にそう訊いてやる。
【態度が全く改善されないのだが】
「良いでしょ別に」
ったく、と盛大に溜息を吐いてから、自称・神はやっと本題に入った。
【実は、死神の担当を変えようと思ってね】
僕のスマートフォンがガシャンと音を立てて床に落ちる。
「え?」
【死神・スズネは、いや、死神・アマネと言った方が良いかな。彼女は、君と仲良くなり過ぎたようだから】
「...天音」
【本来、死神は依頼者に深入りしてはならないんだよ】
「初耳だな」
【死神・アマネも、それはきちんと理解していて、今までは必要最低限の接触、つまり魂の狩り取り時のみ姿を見せていたから、そこは信用していたんだけどね。どうやら君と死神・アマネは相性が良すぎたみたいだから】
「...これ、抗議ってできるのか?」
【と言うと?】
「最期に僕の魂を狩り取る死神は、天音が良い」
【...我々は、君たちのことを一応依頼者と呼んでいる。ただ、君は我々に依頼した覚えはないだろう?我々もそうだ。私は今ここで、君を力尽くで従わせることもできるんだよ】
「話が見えないな。つまり、抗議はできないと?」
【理解が早くて助かるよ。私も残り時間が少ない君の時間を更に縮めるような真似は、したくはないからね】
「...ここで僕が、はいそうですかって引き下がると思うか?」
【そうだったら有難いがね】
「残念だけど、僕はそこまでお人好しじゃない。従順でもない。天邪鬼なんだ」
自称・神の表情が険しくなった。
僕は挑発的な笑みを浮かべて言い放った。
「とことん足掻かせてもらうよ」
【...君は阿呆か】
「知らないの?人間、大事な人と一緒にいる為なら阿呆にでもなるんだよ」
【みたいだな】
「じゃあ先ず質問だ。...天音は今どこに居る?」
神の眉がぴくりと動いた。
「いつもなら、呼んでもいないのに彼奴は勝手にやってくる。なのに今は呼んでも来ない。何かあった以外考えられない」
【君たちは本当に仲良くなり過ぎたようだね】
神は呆れたようにそう言って、頭の上に手を伸ばした。まるで、何かを掴んで引っ張り出すみたいに。
ごとん、と音がして、後ろ手に縛られた天音が空中から降ってきた。
「天音」
僕が思わず大声を上げると、神が僕の額に人差し指を当てた。たったそれだけで、僕は前に進めなくなってしまう。
神は気絶しているの天音の襟首を掴んだまま、ゆっくりと口を開いた。
【死神の採用について、君は死神・アマネから聞いているよね】
何故ここでその話が出てくるのか、理解が追いつかずに困惑した。僕が答えあぐねていると、神が続けて口を開く。
【死神・アマネは、ここでは人質だ。私がここで彼女を馘にすれば、死神・アマネは人間だった時の肉体に戻る。良いかい、変わるんじゃない、戻るんだ。そうなるとどうなるか、想像に易いだろう?】
人間に変わるのではなく、人間に戻る。
人間だった時の肉体に、戻る。
僕の喉がひゅっと音を立てた。
「お前」
僕が弾かれたように立ち上がったのを、神は片手で押さえ込んで楽しそうに笑った。
【瀕死の人間を採用する理由はそこにある。簡単に辞められちゃ、困るからね】
「お前の、それは、支配だ。採用でも雇用でも何でもない」
【可哀想な人間たちが生きたがっていたから、我々はその道を用意したまでだよ】
「それじゃあ、死神は永遠に逃れられないじゃないか」
【永遠なんてことはない】
僕は目を瞬かせた。どういうことだ?
【遠山愛空くん。君はどうやら誤解をしているようだ。死神は万能だと。違うか?】
神が冷酷な瞳で続ける。
【死神は、採用と同時に人間の時の肉体ではなくなる。だから体温もない、中途半端な肉体の具現化が成されている。でもね、身体の構造は人間だった時と変わらないんだ】
「何が言いたい」
【簡単だよ、死神を死神のまま辞める方法さ。
もう一度死ねば良い】
自分の頭がぐらりと揺れた。
自分が息をしているのか分からない。
喉が、からからに乾いていた。
【大丈夫か?君の方が死にそうな顔をしているぞ】
神の声が、どんどん遠くに離れていく。
視界が薄暗くなって、自分の血液が身体の中を流れる音だけが聞こえる。
どさりと音を立てて、僕は床に倒れ伏した。