「平和を求める」

ある、男の子がいました。
その男の子はこう言いました。
「俺は、ヒーローになる!ヒーローになって、悪い奴らを全員やっつけてやる!」

ある、女の子がいました。
その女の子はこう言いました。
「私は、とにかく優しい人になりたい。例えばそう、聖女様みたいな。」

その男の子と女の子は幼馴染でした。幼い頃から男の子は女の子のことが好きであったし、女の子も男の子のことが好きでした。
お互いにそのことを理解していたのか、告白こそしなかったものの、二人とも恋人のような距離感で接してきていました。

ある時、学校で「平和」についての授業がありました。
そこで、班に分かれて意見を交換する場が開かれ、それぞれ順番に思い思いのことを言っていました。
男の子の番になり、男の子は言いました。
「俺は、悪いやつを全員倒せばいいと思う!悪いやつがいなくなれば、世界は平和になるし、悪いことをするやつもいなくなる!」
その言葉に大多数の人は拍手と賛成の意を示しました。
しかし、そこで女の子は言いました。
「悪いやつを倒すって、つまり殺しちゃうってことよね。」

その瞬間、そのグループに沈黙が流れました。
女の子は続けます。
「いくら悪い人でも、人を殺しちゃうってどうなのかしら。人を殺しちゃうことが悪なら、悪い人を殺しちゃったその人も悪い人になっちゃうんじゃないの?」

その疑問に男の子も、そしてグループの誰も、答えることができませんでした。
幼い子が考える事にしてはあまりにも難しすぎたのです。


やがて、月日は流れ男の子はヒーローになるという夢を追いかけ、遂に国を護る軍人になりました。
一方の女の子は昔思い描いた通り、心優しい聖女様になりました。

二人の進む道は違っていましたが、内に秘めた想いは同じでした。
男の子は「女の子を護る為に一流の軍人になる。」
と決意し、毎日毎日汗を流し、血を流しながら訓練に励んでいました。

一方の女の子は昔からなりたいと思い続けていた聖女になり
「男の子が戦場に行きませんように。」
と祈り続けました。
さらに女の子は毎日毎日世界平和の為に祈りを捧げ、反戦を訴え、軍備をなくすよう訴え、また、困っている人を見つけたら必ず手を差し伸べるようにしていました。

その功績が評価されたのか、女の子は聖女になってわずか数年で世界的な賞状を受け取りました。
その賞には副賞として賞金が入っていましたが、女の子はやはり世界のために賞金を手放しました。

しかし、世界はあまりにも残酷でした。
女の子があれだけ毎日平和のために祈り続けていたのに、遂に世界大戦が勃発してしまったのです。
そして男の子と女の子が住む国もまた、戦争に巻き込まれ、戦火に焼かれていきました。


やがて、女の子の住む街に敵の軍隊が攻めてきました。
女の子は必死に聖堂で祈りを捧げ続けましたが、無意味でした。
近くで銃声が轟く中、女の子は神様にこう願いました。
「お願い。○○。早く助けにきて。早く来て、敵の兵隊をやっつけてよ。」
その瞬間、女の子はハッとしました。
その願いは女の子がこれまで祈ってきた事と全く正反対だったのです。


女の子は、これまで平和のために祈りを捧げ、軍拡をしようとする政府を糾弾し続けていました。
時にデモを主導し、時に政府高官と話し合い、とにかく軍を無くす事に注力してきました。
そうする事で平和が訪れると思ったから。

しかし、軍縮に次ぐ軍縮をし続けた影響で、その国は他国からの侵略に対抗できる力を失ってしまっていたのです。
そしてあろう事か、女の子は自らの命の危機に瀕した時、軍に行った男の子に助けを求めてしまいました。

その時、女の子は初めて気づきました。
祈るだけでは、平和を訴えるだけでは、平和はもたらされない。
「力」を持つ事が、もしかしたら平和の維持に一役買っていたのかもしれない。

そう思った瞬間、女の子はこれまでの全ての行いが否定されたような衝撃を受け、ガックリと項垂れてしまいました。


一方の男の子は、作戦会議中に女の子のいる街が襲撃を受けたことを知りました。
男の子は居ても立っても居られなくなって、走って街へ向かいました。

やがて街についた男の子は街の様子を見て絶望感に苛まれました。
街はすっかり荒れ果てていて、無傷な家なんて一軒もなかったからです。
それでも男の子は、諦めずに女の子の名前を呼び続けました。
女の子が無事だと信じて。

しばらくして、男の子が女の子の勤めていた聖堂の近くに来た時、男の子は見覚えのある白い布を見つけました。
それは、女の子が身につけていた服のようでした。
男の子は必死になって探し続け、やがて見覚えのある顔を見つけました。

男の子がその顔にふらふらと近寄ると、それはまさしく女の子でした。
しかし女の子の身体には数多の銃弾の跡があり、女の子も冷たくなっていました。
男の子は女の子の亡骸を抱き上げてわんわん泣き、そしてこう思いました。

「△△を一生守るために軍人になったのに、結局意味なんてなかった。逆に俺が軍へ行っていなかったら△△を守れたかもしれない。やはり、一番大切だったのは△△がしていたように、平和を渇望することだったんだ。人を殺すことを生業とする軍人になって△△を守ろうとすること自体がおかしかったんだ。」

しかし時既に遅く、街は焼け、女の子は死に、男の子は全てを失ってしまいました。
男の子は女の子の身体を抱き抱えると、亡霊のように、あてもなく歩き続けました。


その後の、男の子の行方を知る人は誰もいません。