結局、掃除好きな航太は、俺の部屋を全て片づけると言い始め。
 もうかれこれ、数時間も大掃除している。
 畳に散らばっていたマンガ雑誌も、しっかりと本棚に並べてくれた。

 洗濯はしたのに、たたむのが面倒くさくてほったらかしの服も、ひとつ一つ畳んでタンスへ直す。
 まるでお母さんだな……。
 しかし、ずっと気になっていることがある。

 それは俺が原作を担当した、エロマンガが連載されている雑誌のこと。
 彼も男だから興味はあると思うが……まだ未成年の中学生。
 自分も思春期に経験があるから、読むなとは言えないが。
 母親の綾さんを考えると、気を使ってしまう。

「ねぇ、おっさん」
「ん? どうした?」
「あのさ……おっさんて、マンガが好きなの?」

 本棚に入りきらなかった古いエロマンガ雑誌を、束ねて紐で縛る航太。
 この雑誌が、18歳以上を対象としていることに気がついてないようだ。

「いや……好きというか。仕事上、必要でな」
「え、ていうことは、おっさんて漫画家なの!?」
「漫画家というか、その原作を書いているんだ」
 
 エロマンガだけど。
 
「すげぇ~ じゃあ作家なんだ……あっ、じゃあニートじゃないの?」
「違うよ」

 まだニートだと、思いこんでいたのか。
 確かに貧乏な暮らしだから、そう思われても仕方ないけど。

「そうだったんだ。じゃあ作家だけで食べてる、プロってやつ?」
「まあ、カツカツだけどね……」
「へぇ~ 良いなぁ。ねぇ、オレもおっさんのマンガを読んでみたい」

 ブラウンの瞳を輝かせる航太。
 断りづらいな。

「いいけど、綾さんには内緒にしてくれる?」
「うん! 約束な!」

 そう言うと、小指を差し出す航太。
 仕方なく、俺も小指を出して契りを交わす。

「じゃあ読んでみるね……んと、何ページがおっさんの?」
「えっと……150ページあたりかな」

 しばらく沈黙が続いたあと、航太の顔は真っ赤に染まってしまう。
 目を泳がせて、唇をパクパクとさせている。

「な、なにこれ……」
「その、航太も年頃だから、興味あるだろ? 俺の仕事はエロマンガの原作なんだ」
「聞いてないよ! バカッ!」

 喜ぶかと思ったら、めちゃくちゃ怒られてしまった。
 普通、この年頃なら喜んで読むだろうに……。

  ※

「で、でもさ……おっさんのエロマンガだっけ? ストーリーとか、キャラは全部おっさんが考えているんでしょ?」
「ああ、本当はネームが良いんだけど。俺は文字でしか表現できないからな……」
「やっぱりな! しょ、正直読んで見て思ったもん」
 
 何故か勝ち誇ったかのように、胸を張る航太。
 一体、何を言いたいんだろう。

「なにがだ?」
「ヘヘ……あんなコスプレイヤーがいるわけないよ。む、胸もアホみたいにデカいし……」
「はぁ、だから?」
「童貞くさいんだよ、いかにも童貞の考えたストーリーって感じ」

 そういうことか……。
 未だに俺をそんな風に見ているのか。

「あのさ、航太。別に自慢したいわけじゃないが……」
「なんだよ? おっさん、怒ったの?」
「全然、怒ってないよ。前にも童貞って言われたけど、俺。もう童貞じゃないぞ?」

 俺がそう答えると、航太は大きな瞳を丸くさせる。
 口を大きく開いて驚いていた。

「ウソだっ! 格好つけんなよ!」
「いや本当だって。大学に入ってすぐ、先輩に誘われて『そういう店』で経験させてもらったのさ」
「……」
 
 俺が童貞じゃなかったことが、よっぽどショックだようだ。
 肩を落として俯いてしまう航太。

「別に普通のことだろ?」
「……じゃない」
「え?」
「普通じゃないよっ! おっさんのバカっ!」

 急に顔を上げたと思ったら、涙目で叫び声をあげる。

「どういうことだ?」
「そんなお店を使うなよ! ”そういう”のはちゃんと取っておけ、バカ!」
「は?」

 童貞を取っておく?
 一体、なんのために。

「もう今日は帰る! あとの片づけは、おっさんがしろよな!」
「お、おい……」

 止めようとしたが、彼は急いで家から飛び出てしまった。
 泣きながら……。
 
 童貞なんてすぐに捨てるものじゃないのか。
 最近の子供は、わからないな。