一人暮らしの野郎部屋。いや、汚部屋を見て絶句する航太。

「まあ、男の家なんてこんなもんだろ……」
「男とか関係ないじゃん! こんな不衛生な家に住んでいて、病気にならないの?」

 酷い言いようだな。

「別に問題ないが」
「えぇ……オレ、見ているだけで鳥肌が立ってきた」

 彼の言葉にウソは無いようだ。その証拠に、細い腕にブツブツが浮かび上がっている。

「そんなに嫌なら、もう家から出ろよ」
「オレさ……許せないんだよね。キッチンをこんなに汚している家って」

 と指を差す方向には、シンクの中。
 カップ麺の容器をたくさん重ねているため、ちょっとしたタワーが出来そう。
 他にも、たまに調理したは良いが、後片付けが面倒くさくて、放置した鍋や皿。
 全てシンクに入れて、一ヶ月以上経っている。
 そのため、辺りにコバエがたくさん飛んでいた。
 
「こんなところでご飯を作ったり、食べていたら病気になるよ。ちょっと掃除させて!」
「いや……それはさすがに」
 
 悪いと思って止めに入るが、航太は既にスイッチが入ったようで。
 勝手にキッチンに立つと、スポンジと食器洗剤を両手に持つ。

「よし! 絶対に、キレイにしてやるぞっ!」
「……」

 ~それから、1時間後~

 いざ掃除を始めたは良いが、俺の持っていたスポンジでは使えないと言い始めて。
 一旦自宅に戻り、エプロンとゴム手袋、色んな洗剤をたくさん持ってきた。
 かなりの時間を掛けても、長年の汚れは落ちないようで、終始イライラしている。

 俺も最初は近くで立って見ていたが、いい加減疲れてきたので。
 航太には悪いが、畳に座り込み。ちゃぶ台の上に置いてあったノートパソコンを起動。
 原稿を書かせてもらっている。

 目の前で中学生の少年が、一生懸命に家事を頑張っているのだが……。
 今、書いている原稿は成年向けのマンガ原作だ。
 つまり、ゴリゴリのエロ小説。
 エロマンガはオムニバスの作品が多いけど、俺の場合一つのシリーズが人気で。
 そればかり書いている。

『ムチムチ、コスプレイヤー』というシリーズだ。

 豊満な身体を持て余す女子大生が、コスプレして集団のオタクに囲まれるという……ゲス作品。
 だが意外に読者は多く、よく編集部からこれを書いてくれと頼まれる。
 何が良いのか、さっぱり分からない。

 今も作中で、チャイナドレスを着たヒロインを、めちゃくちゃにしている……が。
 もう書き飽きた。
 元々は、ライトノベル作家志望だったのに。

「おっさん! 終わったよ、ピカピカになった!」
 
 急に航太が目の前に現れたから、びっくりして書いていた文章を三行ほど消してしまった。
 
「うわっ……ど、どうした?」
 
 未成年には見せていけないと、急いでノートパソコンを折りたたむ。
 
「キッチンだよ。見て、オレの力でピカピカだから!」
「ああ、そうだったな」

 原稿に夢中で忘れていた。
 だが航太の言っていることは、間違いない。
 いや、それ以上の仕上がりだ。
 アパートに引っ越してきた時よりも、綺麗になっている。
 その輝きで眩しいほど。

「すごいな……これ、本当にお前がやったのか?」
「うん、オレ。家事とか大好きだし、得意だもん」
「そうなのか?」
「だって母ちゃんは、いつも家にいなかったし。ばあちゃんが色々と教えてくれて、料理とか掃除は大好きなんだ!」

 照れくさそうに、鼻の下を人差し指でこする。

「ばあちゃん? 今は一緒に住んでないのか?」
「うん……もう死んじゃった。だからオレと母ちゃんで、二人暮らしなんだ。母ちゃん、男ぐせ悪いから、しょっちゅうトラブルになって、引っ越してばかりだけど」
「そういうことか」

 確かに母親の綾さん、美人だからモテそうだよな。
 しかし、その母親のせいでこいつも苦労してるってわけか。
 ひょっとして友達がいない、という理由もそれが原因か?

「ところで、おっさん」
「ん? どうした?」
「この部屋、見ていたら鳥肌が止まらないから、全部片づけていい?」

 と大きな瞳を輝かせる。

「まあ……それで航太の気が済むのなら」
「やった! こういう、だらしない大人を見ているとイライラするんだよね。ばあちゃんの言う通りだ!」

 航太のばあちゃん、なんかごめんなさい。