コンビニでタバコを買って、アパートに帰ってくると航太の姿は消えていた。
 きっと自分の家へ帰ったのだろう。
 それを知って、ひと安心する自分に気がつく。

 口角が上がるのを必死に堪えて、自宅の鍵をあける。
 ドアノブに手を回そうとした瞬間、気がつく。

「あれ? 半纏(はんてん)を返してもらってないぞ……」

 格好つけて貸したのは良いが、あれがないとけっこう不便なんだよな。
 この時期、暖房をつけたくても光熱費が高くなるし……。
 ま、あの子が外で寒さに耐える姿を見るよりマシか。
 そう自分に言い聞かせて、大人しくエアコンのスイッチをつけることにした。

 ~翌日~

 結局、朝になっても半纏が返ってくることは無かった。
 ひょっとして、パクられたのかな?
 いや、航太に限ってそんなことはしないだろう……。
 って俺は、なぜあの子を信頼しきっているんだ?

 
 夕方になり、ちゃぶ台の上でパソコンに向かってタイピングしていると。
 チャイムが鳴った。
 こんな時間に誰だろうと、ドアののぞき窓から訪問客を確かめる。

 艶のあるショートヘアに、大きな瞳。
 肌は小麦色に焼けている。

「あ、航太か」

 彼だと分かった瞬間、すぐにドアを開く。
 
「あの……昨日はありがと」

 いつものような強気な態度じゃない。どこか恥ずかしそうにしている。
 頬を赤くして、視線を下に落とす。
 俺と目を合わせてくれない。

「ああ、昨日の肉まんか? 気を使わなくていいぞ。アプリで当たったから無料だし」
 
 真っ赤なウソだが。
 
「でも、おっさん。寒いのに『これ』も貸してくれたでしょ」

 そう言うと、一つの紙袋を差し出す。
 受け取って中を確認すると、昨日俺が彼に貸した半纏だった。
 綺麗にたたみ、ビニール袋で包んである。どうやら洗濯までしてくれたようだ。
 まるで新品みたい。

「洗濯なんてしなくても良かったのに……はは」
 
 俺が苦笑いをしていると、航太が急に怒り始めた。
 
「だって! その『はんてん』だっけ? タバコ臭かったし、汚れてたもん!」
「う……」

 確かに彼の言う通りだ。
 なにせ、大学時代から使っている代物だからな。
 所々ほつれたり、破れたりしていて、中の綿も飛び出て……ってあれ?
 今、気がついたが全て綺麗に修繕されている。

「あまりに貧乏くさいから、直してやったよ。綿も入れ直してな、フンッ!」
 
 なんだこの子、意外とツンデレか。
 
「器用なんだな……ありがとう。これでまだまだ使えそうだ」
「べ、別に。これぐらい、なんてことないし」
「そうなのか」

 受け取っておいてなんだが、会話に困る。
 この子、航太の考えていることがわからない。
 そう言えば、友達がいないと言っていたな……。同性の友人が欲しいのだろうか?
 年上とはいえ、俺と友情を深めたいとか。

「あの、おっさん。肉まんくれたじゃん?」
「うん」
「本当に嫌いなの?」
 
 上目遣いでジッと睨まれる。
 参ったな。嘘がバレてしまう。

「ああ、酒を飲むようになってから。ダメになってさ」
「ふ~ん。珍しいね、肉まんが嫌いとか」
 
 まだ疑われているようだ。
 随分長いこと睨まれているから、気まずい。

「その……俺が肉まんを苦手って、なにか知りたいのか?」
「だって、昨日。せっかく貰ったのに、半分こ出来なかったじゃん」

 こういうところだけは、子供だな。

「ははは、気にするなって」
「嫌だよ! オレだけとか……さ」

 航太の顔はどこか寂しそうに見えた。
 俯いてしばらく黙り込んでしまう。
 変に気を使わせてしまった……と俺も頭を掻く。
 しかし、なにかを思い出したようで、航太は玄関から飛び出てしまう。

「あ、おい……」

 俺もあとを追いかけようとしたら、ぴょこっと小さな顔が飛び出る。
 航太だ。

「お待たせ! これなら、おっさんでも食べられるんじゃない?」
 
 そう言う彼の両手には、大きな鍋が握られている。
 
「なんだい、これ?」
「ホワイトシチュー。昨日のお返しにあげる!」
「え……」

 鍋のふたを開けると、3人分は入っていた。
 なぜここまで、気を使われるのだろう。