事故とはいえ、未成年の少年とキスしてしまった。
 酔っぱらっている航太と……。

 彼としては、紙風船のように俺の頬が膨らむか、遊ぼうとしていただけ。
 本当に純粋な気持ちで、唇に触れたはず……なのに。
 俺はそれを利用して、自らの欲望を満たしてしまった。

 罪悪感で胸が押し潰れそうだ。
 しかし、後悔するのは後にしよう。
 半裸状態の彼を立ったまま寝かせては、風邪を引いてしまう。
 航太を抱き上げて、一旦畳の上に寝かせる。

 押し入れになおしていた、布団を取り出すためだ。
 敷き布団を畳に敷くと、彼を寝かせてあげる。
 着ていた体操服では、どちらにしろ寒そうなので、俺がいつも使っているトレーナーを着せておいた。
 掛け布団をしっかり首元まで、掛けてあげる。

 彼の寝顔を眺めながら、ため息をつく。

「はぁ、酷いクリスマス・パーティーだったな……」

 どちらにしろ、母親の綾さんには、このことを内緒にしておかないと……。

  ※

 あれから、一晩が経った。
 航太は初めての飲酒を経験したせいか、なかなか起きてくれない。
 時おり、いびきをかいている……。

 俺はと言えば、キッチンの換気扇の前で立ち尽くしていた。
 タバコをくわえながら……。
 もう、何本目だろう。
 航太とのキスを思い出しては、頬が熱くなり、心臓の音がバクバクとうるさい。

 興奮を抑えるために、タバコに火をつけて煙を吐き出す。
 静まり返った部屋の中は、掛け時計の針の音……それから、航太の寝息だけが聞こえてくる。
 ダメだ、眠れない。

「でも、俺は……」

 あの時、もし航太がその場で倒れ込むことなく、続けていたら?
 果たして、理性を保てていたのだろうか。
 
 
 朝になっても、航太が目を覚ますことは無かった。
 そろそろ起こさないと、いい加減、あの綾さんでもチャイムを鳴らしてきそう。
 
 キッチンに置いていた灰皿で、タバコの火を消すと。
 ゆっくり航太が眠る布団へ近づく。
 膝を曲げて、彼の小さな手に触れようした瞬間だった。

 パチンと音を立てて、瞼が開く。
 俺に気がつくと、ブラウンの大きな瞳がこちらをじっと見つめる。

「お、おう……大丈夫か?」

 平静を装うつもりだったが、まだ頭の中は昨晩のキスでいっぱいだった。

「あれ、パーティーはどうなったの?」
 
 人差し指で瞼をこすりながら、身体を起こす。
 起きて間もないから、まだボーっとしているようだ。
 というか、昨晩のことを覚えていないのか?

 俺は恐る恐る、彼に聞いてみることにした。
 
「昨日のこと……覚えていないのか?」
「なにが?」

 と首をかしげる航太。

 本当に覚えていない……?
 もし、そうなら俺にとっては、好都合なことかもしれない。
 だってキスの相手が、アラサーのおっさんだからな。

 たぶん初めての経験だっただろうし、彼が酒で記憶を消してしまったのなら。
 その方がお互いに良い……今後のためにも。

「ところで、おっさん。オレ、寝ちゃったみたいだけど、パーティーは終わったんだよね?」
「ああ……昨晩はかなり興奮していた見たいだからな。疲れていたんじゃないか」
「そっか。ならさ、またしない?」

 ゆっくりと俺に身を寄せ、上目遣いで頼み込む。
 
 彼が何を考えているかは分からない。
 自然と、昨晩のキスを思い出してしまう。
 また……して欲しいということか?

 生唾を飲み込んだあと、その質問の意味を聞く。

「な、なにをするんだ?」

 すると、彼は満面の笑みでこう答えた。

「もちろん、クリスマス・パーティーだよ! あんなに楽しい夜は初めてだったからさ」

 変な期待した俺がバカだった……。

「そうだな。じゃあ来年も二人でするか?」
「うん、約束!」

 そう言うと、お互いの小指で契りを交わすのだった。

 ~一週間後~

 色々とハプニングだらけの年末だっただが、無事に年を越せた。
 まあ、お正月だからと言って、特にやることもなく……。
 いつも通り、近所のコンビニで酒とつまみを買って、アパートへ歩いて帰ろうとしていると。

 どこからか怒鳴り声が聞こえてきた。
 俺が住んでいる、アパートの方からか?
 気になったので近くにあった電柱の裏に隠れて、様子を見ることにした。

「だからさ! なんでそうなるんだよ、母ちゃん!?」

 この甲高い声、航太か。
 元旦から一体なにを怒っているんだ。

「仕方ないでしょ? もう決まったことなんだから……」

 電柱から少し顔を出してみると、アパートの廊下で航太と綾さんが話していた。

「母ちゃんはいつもそうだ! 勝手に選んで、決めて……オレの気持ちは考えてくれないじゃん!」

 航太のやつ……泣きながら、怒鳴っているのか?
 なんか、いつもの親子ゲンカとは、雰囲気が違うような。

「航太、お願い。一緒に来てよ、あなたがいないと……」

 綾さんは、まだ航太と話したかったようだが、彼がそれを遮る。
 
「ふざけんな!」

 そう叫ぶと綾さんに背を向けて、アパートの階段を駆け下り。
 泣きながら、どこかへ走り去ってしまった。
 
 一体、あの親子に何があったんだ?