美咲家の前で、しばらく航太を待っていたが全然出て来ない。
 仕方ないからチャイムを鳴らしたら、扉越しに彼の声だけが返ってきた。

『おっさん……悪いけど、家で待っていて!』

 なにやら、慌てているようだ。
 クリスマス・パーティーをするから、料理でも用意しているのだろうか?
 しかし、料理が上手な航太でもそんな素早くできるわけないよな。

 とりあえず、彼に言われた通り、俺は自宅へ戻ることにした。
 
  ※

 航太が来る前に、万年床の布団を畳んで押し入れへなおす。
 今からパーティーをするんだ。掃除機でもかけておくか……。
 久しぶりに掃除機の電源をつけると、何やら音が変だ。壊れたのかな。
 と、柄にもないことをしていたら、玄関からチャイムが鳴る。

 慌てて玄関に向かい、扉を開けると。そこにはひとりの少年が立っていた。
 仮装した姿で……。クリスマス・パーティーを始めるからか?
 いや、この格好は聖夜にふさわしくない。

「お、おっさん……。この前、見られなかったでしょ? だから今日着てみたんだ」

 と俯いたまま、ぼそぼそと呟く航太。
 彼が恥じらうのも仕方がない。

 ずいぶん前に担当編集の高砂(たかさご)さんが、資料用にと俺へ送ってくれたコスプレの一つ。
 女子中学生の体操服とブルマだ。
 前回、航太が着てくれたけど、元カノの未来と出くわして、ちゃんと見られなかった。
 気を使ってくれたのか?

「航太……お前、その格好」
「あ、あれだよ! せっかく編集部の人が送ってくれたのに、着ないのはもったいないじゃん!?」
「でも、俺の家でパーティーするとはいえ、寒くないのか?」

 そう言って、彼の太ももを指差す。
 彼が履いているのは、古いタイプのブルマだ。
 ハイカットで下着に近い。
 自ずと、小麦色に焼けた太ももが露わになってしまう。
 トップスの体操服も半袖だし……。
 
「だ、大丈夫だよ! ちゃんと考えてハイソックスを履いてるし!」
 
 彼に言われるまで、気がつかなかった。
 そうだ。編集の高砂さんが送ってきた時、体操服に靴下はついてなかった。
 航太が自分で用意したのか。

 確かに白いソックスで、膝まで肌を隠せてはいるが。
 12月も終わりに近づいている。
 やせ我慢だろう。その証拠に、彼の二の腕から鳥肌が浮かび上がる。

「わかったよ。とりあえず、家に入れ。パーティーを始めよう」
「うん……」

 なんか今日はやけに素直だな。

  ※

 航太を自宅に招き入れたところで、パーティーを開始しようと思ったが。
 きれい好きな彼は、俺の部屋を見た瞬間、顔を歪めて「汚い」とダメ出しを始める。
 部屋に、ほったらかしにしていた掃除機を手に取ると、そのままお掃除タイムに入ってしまう。

「おっさんは、ちょっとこの部屋から出ててよ!」
「は? なんでだよ?」
「邪魔なの! それにクリスマス用に部屋を飾りつけした方がいいじゃん!」
「……」

 正直、そんなものはどうでもいいだろ、と言いたかった。
 しかしここは黙って彼に、従うことにした。
 部屋から離れてキッチンの奥へ向かい、タバコを取り出す。
 換気扇を回すと、咥えたタバコに火を点ける。

「ふぅ……」

 口から煙を吐き出しながら、一生懸命、掃除機をかける航太の姿を眺める。
 おかしな気分だ。
 男とは言え、体操服にブルマ姿の中学生が、俺みたいなアラサーの家でクリスマス・イヴを過ごすことになるとは。

 ~20分後~

 掃除が終わったと思ったら、お次は飾りつけを始めた。
 妹の葵が買ってきた物もあるが、航太が亡くなったおばあちゃんと、二人で作った飾りが残っていたらしい。
 それらを交互に部屋の壁に飾りたいと言うので、俺は押し入れからパイプイスを取り出す。
 背の低い彼では、手が届かないからだ。

 まあ、このパイプイスも元々は、こんな脚立代わりに買ったわけではない。
 元カノの未来が、たまに俺の髪を切ってくれる時に使っていたものだ。
 今では使うことがなくなったけど……。


「う~ん、いまいちかな……」

 とパイプイスの上に立って、首をひねる航太。
 飾りつけの位置が気に入らないようだ。
 俺は下から彼の後ろ姿を眺めている。

 当然、紺色のブルマ……彼のヒップがどうしても、目線に入ってしまう。
 クリスマスだってのに、俺たちは一体なにをしているんだ?
 でも見惚れてしまうのも事実なんだよな。

「おっさん」
「え?」
「オレが持って来た袋の中にさ、星の飾りがあるんだ。取ってくれない?」
「ああ……」

 航太が持って来たトートバッグを手に取る。
 どうやら、これも手作りの物みたいだ。
 バッグを開いて中を確認すると、フェルトで作られた星がたくさん入っている。

「おい、航太」
「え? なに?」
「この中、星だらけだ。どの色を使うんだ?」
「もう! クリスマスなんだから黄色に決まってんじゃん!」

 そう言うと航太は、強引に俺からトートバッグを掴もうとする……が。
 思ったより彼の手は短く、バッグまで届かず。
 態勢を崩してしまう。

「「あ!」」

 お互いに叫んだときには、もう遅かった。
 航太は椅子から足をすべらせて、宙を舞っている。
 咄嗟に俺は両手を差し出す。

 すると、俺の腕の中にひとりの少年が抱えられていた。
 偶然とはいえ、お姫様抱っこをしてしまった。

「ご、ごめん……おっさん」
「いや、いいさ」