「しょ、翔ちゃん……お水くれる?」
振り返ると、両手でお腹を抑える未来が立っていた。
未だに青ざめた顔をしている。
「み、未来……」
ブルマ姿の航太に驚いたから、すっかり忘れていた。
元カノの存在を。
どうしよう? なんて彼に言い訳をすれば良いのだろう。
ていうか、俺たち二人は家の中にいただけ……。別にいやらしいことをしていたわけじゃない。
吐いていた彼女を介抱していただけ。ちゃんと航太に、説明すればいいさ。
しかし、トイレから出てきた未来を見た途端、航太の表情は一変する。
「おっさん……誰? その人?」
怒っているというより、驚いているようだ。
「あ、あのな。この人はその……さっきまで吐いていてな。俺の家で休ませてあげていたんだ……」
しどろもどろになりながら、説明を続けていると……。
途中で、航太が声を荒げる。
「違うじゃん!」
大きな瞳に涙を浮かべて、俺を睨みつける。
心底、憎いのだろう。
歯を食いしばり、両手は拳を作っている。
「え……一体どういう?」
「オレにだって分かるよ! その人、コスプレやってた人でしょ!? 元カノじゃん!」
髪型やファッションが変わったとは言え、やはりバレたか。
「そ、そうだけど。何もないって……たまたま居酒屋でだな」
「もういいよっ! おっさんの好きにすればっ!」
そう吐き捨てると、航太は玄関から飛び出てしまった。
ブルマ姿のまま……。
参ったな、こんな時に未来と遭遇するとは。
「翔ちゃん……お水、まだかな?」
航太を追いかけようにも、後ろでうめき声をあげる未来を置いていくわけには、いかないし。
なんで、こんなことに……。
※
とりあえず、グラスへ水を注いで未来に渡す。
グラスを受け取った未来は、よっぽど喉が渇いていたのか、一気に飲み干してしまった。
「ぷはっ! ようやく生き返った~」
「……そりゃ、良かったな」
先ほどの航太が気になって、正直元カノとは言え、雑な扱いをしてしまう。
それだけ、彼の泣き顔を見たのが辛かったのかもしれない。
いや……早く誤解を解いて、仲直りしたくて必死なのかも。
「翔ちゃん、なんか怒ってる?」
「いや……ちょっと、心配事があってな」
さすが、付き合っていただけはある。
一瞬で俺の心情を読み取るとは……。
「その心配事って……さっきの可愛らしい女の子かな?」
「うっ……それは」
思わず、声に出してしまう。
「なんかすごく幼い子だったよね? 中学生ぐらい?」
「ま、待てっ! あの子は男の子だ! それにただのご近所さんで、ただの友達だって!」
慌てて否定する様を見て、眉間に皺を寄せる未来。
「本当に~? なんか怪しいな……。ま、私はもう振られた身ですし、強く言えないけどさ……」
となにか濁したように、視線を床に落とす。
気になった俺は、当然問いかける。
「なんだよ? 気になるじゃん、言えよ」
「その……翔ちゃん。本当に好きな人が出来たのかって……」
そう言って、指差すのはキッチンだ。
食器乾燥機に入っている、皿や鍋のことを言いたいのだろう。
未来に指摘されるまで、気がつかなかった。
付き合っている時、彼女が好きなキャラもので調理器具や食器を揃えたのに……。
航太が我が家へ足を運ぶようになってから、「何年も元カノを引きずるな」と全て処分された。
要は昔の女から、今の彼女の趣味に変わったと言いたいのだろう。
航太のことも、ちゃんと誤解を解けてないし、勘違いされてしまった。
「ち、違うって! これはさっきの男の子が、色々と面倒を見てくれて……」
「いいよ……翔ちゃん。昔から優しいもんね、私のこと気にしてるんでしょ?」
別れた時についた嘘が、裏目に出てしまった。
「本当だっ! 隣りに住む、綾さんてシングルマザーの息子さんで、俺に懐いているだけ!」
だがその名前を聞いた瞬間、未来の目つきが一変する。
普段は笑顔を絶やさない優しい顔をしているのに、鋭い目つきで俺を睨む。
「綾……さん? そっか、それが新しい彼女さんなんだ……」
また墓穴を掘ってしまった。
確かに綾さんは魅力的な女性だが……、好意を持つなんてありえない。
我が子を大事にしないし。
「未来、お前……一体どうしたんだ?」
「少しね、期待しちゃったんだ。今回の大学の講義も翔ちゃんがいる、”藤の丸”の近くでやるから受けたの。会えるかなって」
「……」
「偶然、会えて舞い上がっちゃった。でも、翔ちゃん。今度こそ本当に出来たんだね、好きな人」
そうだったのか。変に期待させてしまったな。
悪いことをした。
というか、その流れならこのままアパートで一夜を……。
その話を聞いた俺は、未来の肩に触れようとしたが。
彼女は俺の手を振り払うように、玄関から飛び出てしまう。
パンプスを両手で持ち、裸足で。
「ごめんね、翔ちゃん! 私が悪いの!」
「……」
なんかダブルで損をした気がする。