介抱するためとはいえ、見知らぬ女の子を一晩、我が家に泊らせてしまった。
俺はなにもしていない。
頭痛が酷いと言うから、和室に引いてある布団で寝かせてあげた。
彼女が怖がるかもしれないと、俺はキッチンであぐらをかいてウトウトしている。
「あ、あの……おはようございます」
瞼を開くと、眼鏡をかけたショートボブの女性が立っていた。
昨晩起きた出来事を忘れていた俺は、思わず悲鳴を上げてしまう。
「うおっ!?」
「ご、ごめんなさい。起こしてしまって……あの私、もうだいぶ良くなりましたので」
「ああ……そうか。なら良かった。ひとりで帰れるかい?」
「はい。何から何までありがとうございました」
「いいよ。ああいうの、見ていて嫌だからさ」
俺がそう言うと、彼女はなぜか吹き出す。
「フフッ……変わってますね」
「は?」
「でも、そういうの、良いと思います」
「?」
その日は何事もなく終わり、もう彼女と会うことは無いと思っていた。
同じキャンパスとはいえ、学部も名前も知らない。
だけど、ある日。彼女の方から俺の元へ会いに来た。
話す時間が長いだけで、意味もわからない講師の話を、ボーっと聞き流していると。
隣りに座っていた同級生が、俺の肩を指で小突く。
「おい、黒崎。お前に会いたがってる女の子がいるらしいな」
「はぁ?」
「本当だって! ほら、教室の後ろに立ってるじゃん」
どうせ、いつもの冗談だと思っていたが。
一応、後ろへ振り返ってみる……すると、確かにひとりの女の子が目に入る。
眼鏡をかけた地味な女。あ、この前の介抱した子か。
講義から抜け出して、廊下で彼女と話すことにした。
「良かった! こちらの学部だったんですね!」
「きみ……よく俺を見つけられたね」
「はい! 先輩にちゃんとお礼をしたくて、キャンパス中を探しました!」
「そうなんだ……」
それからだ。未来と話すようになったのは。
二人を仲良くするラッキーアイテムが、嘔吐てのがロマンないけど。
学部こそ違えど、同じ大学の学生だし。顔を合わせる機会もある。
次第に仲良くなって電話番号を交換したり、二人きりで食事へ行く仲に。
気がつけば、俺ん家で一緒に暮らしていた……。
彼氏彼女の関係になり、あいつも俺のことを「先輩」から「翔ちゃん」と呼ぶようになった。
それから、10年経った今。
また同じ光景を見ることになるとは。
「うおえぇぇ! ご、ごめん、翔ちゃん。迷惑かけて……」
「謝らなくていいから。吐けるなら、出しちゃえよ」
と元カノの背中をさすっている。
3年前に俺からこいつとの縁を切ったはずなのに、また学生時代に戻ってしまった。
まさかと思うが、これを狙って居酒屋へ誘ったのか?
いやいや、こいつに限ってそんな考えは……。
自分から誘った居酒屋で、調子にのって日本酒をがぶ飲みしたから。
食べたものを全部、吐いている。
外で吐くのもご近所に色々と迷惑をかけてしまう。
だから、俺の家に連れて来た。
久しぶりに彼氏の家へ入ったと言うのに、パンプスを脱ぎ捨てると、トイレへ直行。
現在に至る。
彼女が少しでも楽になれるよう、俺はずっと背中をさすっている。
「少しは良くなったか?」
「う、うん……本当にごめん。前よりはお酒、強くなったと思ったのに」
「お前はそんなに強くないだろ」
「でも、翔ちゃんと一緒に飲めるのが、憧れだっから。うぇぇ……」
ついには、泣き出してしまった。
これはこれで、罪悪感を抱いてしまうな……。
「別に、酒を飲まなくてもいいだろ? ちょっと待ってろ、水を持ってくるから」
「ごめん……」
もう吐くものは残っていないだろうが、気持ちが悪いのだろう。
トイレにしがみつく未来を残して、俺はキッチンへ向かう。
食器乾燥機の中に、ピカピカに磨き上げられたグラスが置いてあるのに気がつく。
きっと、航太が洗ってくれたものだろう。
グラスを手に取り、蛇口から水を流そうとした。その時だった。
いきなり玄関のチャイムが鳴る。
俺は何も考えず、グラスを持ったまま、扉を開いてみた。
するとそこには……今、手に持っているグラスを磨き上げた張本人が立っていた。
「お、おっさん……遅くにごめんね。どうしても、今見せておきたくて」
と頬を赤らめる。
彼が恥ずかしがっているのには、理由がある。
それは今、航太が着ている服装だ。
編集部の高砂さんが送ってきたコスプレの一つ、中学生時代の体操服とブルマだ。
必死に体操服の裾を引っ張り、ブルマを隠そうとしている。
きっと股間の膨らみが気になるのだろう。
まあ、彼のは可愛らしいサイズだが……。
「航太、お前……どうして?」
「お、オレもすごく迷ったんだぜ! でもさ、作品のためにと思ってさ……」
だから最近、避けていたのか。
とひとりで納得していると、背後からゾンビのようなうめき声が聞こえてきた。
「しょ、翔ちゃん……お水くれる?」
ヤバい、今は未来が家に来ていたんだ。
航太になんて言おう?