「おっさん! 女子高生を家に入れて、なにをしてたんだよ! その人泣いているじゃん!」

 そう言うと、ずかずかと音を立てリビングへ入る航太。
 顔を真っ赤にして、セーラー服姿の少女を指差す。
 ちゃぶ台を間に挟み、目の前で正座しているのは俺の妹、葵だ。

 変なところで彼が乱入してきたため、また誤解されてしまった。
 まったく面倒な時に、俺の家へ来たもんだ……。

「航太、待ってくれ。この子はそういうんじゃない。泣いているのも、その……」
「なんだよ!? いやらしいことをして、傷ついたんじゃないのかよ?」

 なんで実の妹に、そんなことをするんだよ。
 葵も、葵で。俺から未来を振ったことにショックを受けているようだ。
 中々泣き止まない。
 両手で顔を隠して、しくしく泣いている。

「ひっく……うぇぇん……」

 その泣き声を聞いて、更に怒りが増す航太。

「ほら見ろよ! この人、傷ついてるじゃん!」
「ち、違うって。俺じゃなくて……まあ俺のことなんだけど」
「おっさんさ! 作品のためなら、なんでもする最低野郎じゃん!」
「……」

 否定はできないか。

 ~10分後~
 
 涙が枯れたのか、ようやく葵も落ち着いてくれた。
 俺はその間、航太に妹の存在をしっかり説明して、彼も納得。
 逆に妹の葵に失礼なことをしたと、頭を下げていた。

 
「へぇ~ 本当にあのキッチンとか、部屋を掃除したの、君なんだ?」

 葵にまじまじと見つめられ、緊張してしまう航太。

「あ、あの……はい。オレがやりました」
「すごいねぇ、男の子なのに器用なんだぁ」
「死んだばあちゃんに、色々と習ったんで……」
「ていうか、本当に男の子なんだね? 名前を聞くまで女の子だと思ってたから」

 俺を無視して、二人で会話を楽しんでいる。
 それは良いのだが、航太のやつ。なぜ葵には敬語なんだよ。
 まあ葵は高校生だから、年上だけど。

「ところで翔くん?」

 急に話を振られたので、ビクッと震えてしまった。

「なんだ?」
「あのさ……この家に、久しぶりに入って。綺麗に掃除されていることで、驚いて忘れていたんだけど」

 そう言って、ゆっくり部屋の壁に指を差す葵。
 俺と航太も一緒になって、その指先へ視線を合わせる。
 葵が指した方向にはカーテンがあり、一着の衣装がかけてある。

 高砂さんが送ってきた資料のひとつ。スクール水着だ。

「あれって、誰の?」

 俺と航太は、事前に打ち合わせをしていたわけでもないのに。
 同時に同じ行動を選んだ。
 それは沈黙だ。

「「……」」
 
 視線を畳に落としているから分からないが、きっと航太も同じ状態のはず。
 火が付いたように、頬が熱い。

「ねえ、聞こえてる? 翔くん? あれってさ、中学生ぐらいの水着でしょ?」

 原稿を書く時、頭の中で航太にスクール水着を着せるため……とは言えないよな。

  ※

 結局、スクール水着のことは何も答えず。
 もう夜も遅いからと、葵を近くのバス停まで送ることにした。

 航太は持って来た圧力鍋に、
 「豚の角煮が入ってるから、おっさん家のガステーブルで温め直したい」
 と、留守番してくれるそうだ。本当に何でもしてくれるな。


 タバコをくわえながら、葵と並んで歩く。
 すっかり辺りが暗くなったため、女子高生をひとりで歩かせるのは、気が引ける。
 特にこの藤の丸(ふじのまる)という町は、店や街灯が少ないから。

 しかし、妹もデカくなったもんだ。
 こうして並んで歩くのも久しぶりだけど、あまり身長差を感じない。

「ねぇ、翔くん」
「ん?」
「歩きタバコやめなよ……」
「う、悪い」

 注意されるまで、気がつかなかった。
 半纏から携帯灰皿を取り出し、火を消す。
 それを見た葵が「よろしい」と頷く。

「あのさ、航太くんって。本当に翔くんの友達なの?」
「え……そうだけど」
「悪いけど、そんな風には見えないんだよね」

 思わずドキっとしてしまう。

「な、なんでだ?」
「う~ん、うまく表現できないけど。寂しさから翔くんに甘えている感じかな」
「別に良くないか? 子供だし俺に甘えても……」
「そうじゃないんだよ、すごく必死に見えるの。普通の子供らしくない。助けを求めて翔くんにしがみついているような……」

 たった一回しか会っていないのに、すごい洞察力だ。
 多分、母親の綾さんのことを言いたいのだろう。
 しかし葵は、母親に会ってないから、そこまでしか想像できない。

「翔くん、あの子に何かあったら、助けてあげなよ」
「お、おう……」