「ふふっ……」

 女子高生が正座をして、読書を楽しんでいる、鼻歌交じりで。
 読んでいる本が未成年には、よろしくないものだが……。
 
 俺が原作を担当したエロマンガを、実の妹が読んでいる。
 というのも、葵はこの作品のモデルを知っているから。

 綺麗に掃除された部屋やキッチンを見て、勘違いした葵。
 俺が元カノの未来とよりを戻したと……。
 なんて説明したら、誤解を解けるのだろうか?


 学生時代。未来と付き合い始めたころ。
 両親とは受験のことで大喧嘩して以来、会っていない。
 だが、年の離れた妹。葵とは仲が良く。頻繁に連絡を取り合っていた。
 
 実家は同じ福岡市内とは言え、片道1時間ほどかかる。
 小学生だった葵は俺に会いたい一心で、アパートへ遊びに来てくれたのだが。
 そこで同棲していた未来と遭遇し……意気投合。
 いつか本当のお姉ちゃんになって欲しい、とまで褒めていたっけ。

 あいつに懐いていたのは、分かっているが。
 別れたことはちゃんと伝えておかないと。


「なあ、葵」
「ん? なに、翔くん」

 相変わらず、エロマンガを嬉しそうに眺めている。

「いいか。真面目な話だ。ちょっとマンガを読むのをやめてくれ」
「あ、はーい」

 ようやく読むのをやめてくれたが、現在読んでいるページを開いたまま、畳の上に置く。
 そんなに、兄貴の頭の中を覗きたいのか。
 ちゃぶ台を挟んで、妹と向き合う。

「あのな、その……お前、誤解していると思うから、訂正しておきたいんだ。俺は本当にあいつ。未来とはもう付き合ってないんだ」
「え?」
「別れてもう3年になる。それ以来、会ってないよ」
「ウソでしょ……」

 言葉を失う葵。

「本当だ」
「じゃあさ、翔くんが未来さんに振られた理由ってなんなの?」
「それは……」

 なんて返せば良いか、分からない。
 あの頃は、妹も小学生だったし、子供扱いしていたから。
 俺たち二人の関係は、ちゃんと説明しなくても良かった。
 しかし今は、高校生だ。
 もう噓でどうにかなる、年齢じゃないだろう。

 俺は覚悟を決めた。

「実はな。別れを切り出したのは、未来じゃない。俺から別れようって言ったんだ」
「はぁっ!? 翔くんの方からだったの!?」
「そうだ、お前も今の未来がどんな人間か、知っているだろ? あの週刊少年“チャンプ”の連載を抱えているプロだ」

 元々、プロのマンガ家志望だった未来は、在学中に賞をもらい、商業デビュー。
 今じゃ売れっ子の仲間入り。
 貧乏な作家の俺と違い、10人以上のアシスタントと一緒に毎晩、睡眠時間を削ってまで作品を描いている。
 この前、アニメ化まで決まっていると聞いた時には驚いた。

 だから俺自ら、身を引いた。
 ヒモになんてなりたくないし、あいつの足を引きずっているようで。
 俺が本当にあいつのことを想うなら、彼女の夢を応援しようと……。

 これらを全て葵に話し終える頃、妹の目には涙が浮かんでいた。

「そ、そんなことで……未来さんを振ったの?」
「え? だって、俺が邪魔だと思ったから。大事なことだろ?」
「翔くんのバカっ!」

 大人になったと思っていたが、まだまだ中身は子供だな。
 赤子のように泣いて叫ぶ妹を見て、それだけあいつを慕っていことに気がつく。

「こればかりは、当人同士の問題だろ?」
「ぐすん……だって二人はいつか結婚すると思って、楽しみにしていたんだもん」

 と唇を尖がらせる葵。

「そりゃ俺だって、嫌いで別れたわけじゃない。ここからは大人の話だから……」

 そう言って話を終わらせようとした瞬間、葵がしかめっ面で俺を睨む。

「じゃあ未来さんを振った時、なんて言ったの? 大人の振り方ってやつ」
「う……」

 痛い所を突かれた。

「別れたんだし、教えてくれてもいいでしょ?」
「その……あいつ。未来を傷つけたくなかったからさ、『好きな人が出来た』って嘘をついた」
「……」

 黙り込んで視線を畳に落とす。

「どこが大人なの?」
「へ?」
「未来さん。絶対、傷ついてるよ! お兄ちゃんの嘘なんて、バレバレだと思う!」
「そ、そんなはずはないだろ……。だってそう言ったら、あいつ。笑って『そっか』て円満に別れられたし……」

 俺が喋れば喋るほど、妹の顔は真っ赤に染まっていく。
 そしてゆっくり立ち上がると、大声で泣き叫ぶ。

「翔くんのバカバカっ! 全然、女の子の気持ちを考えてないよ! 未来さんは気を使って笑っただけ! あとで目を腫らすまで泣いてたはず!」
「え……?」

 と葵から元カノの心情を聞いていたところで、思わぬ来客が。

「ああーっ! おっさん、女子高生を家に入れてるじゃん! パパ活とか見損なったぜ!」

 圧力鍋を持った航太が、玄関に立っていた。