あれは夏が終わり、秋を迎えようとした頃。
9月のはじめだった。
年々、気温は上昇するばかりで窓から涼しい風が入ってくることもなく。
殺人的な暑さに苛立ちを感じていた俺は、思うように原稿が書けずにいた。
部屋のエアコンをつけても良いが、電気代もバカにならない。
一旦、クーラーのきいた近所のコンビニにでも向かおうか……。
そう思ってちゃぶ台の上に置いていた、財布を手に取る。
大学時代から使っている、二つ折りのボロ財布。何気に使いやすくて重宝している。
玄関に向かい、サンダルに足を通すと。
いきなりチャイムの音が鳴り響く。
『すみませーん』
甲高い女の声だった。
覗き窓を使って相手を確認すると。
若くてきれいな女性が、扉の向こう側に立っていた。
ノースリーブの白いワンピースを着ている。
随分と肌の露出が激しいファッションだ。
しかし、俺の家に訪問している時点でおかしい。
だって貧乏なエロマンガの原作者から、搾取する金などないから。
とりあえず応対してみる。
もし変な勧誘だったら、即座に追っ払ってやる。
生唾を飲み込んで、ドアノブを回す。
すると……。
「あ、忙しいなかごめんなさい。私、先日隣りに引っ越してきました美咲と申します」
そう言うと彼女は、優しく微笑む。
初対面だと言うのに、妙に馴れ馴れしいというか、色っぽい話し方だ。
確かに胸元がザックリと開いているし、初見の男でもすぐに引っかかりそうだ。
でも相手がお隣りさんというなら、警戒する必要はないだろう。
「そうでしたか……俺は、黒崎と申します。今後ともよろしくお願いいたします」
一応、こちらも大人の対応をとることにした。
すると美咲と名乗る女性は、胸元で手を叩いて喜ぶ。
「黒崎さんて言うんですか~? 失礼ですけど、ご年齢はおいくつですかぁ?」
なんでそんな質問をされるのだろう、と戸惑ったが。
とりあえず答えてあげる。
「えっと……今年で28才っす」
「わぁ! 私と同い年だぁ~」
「?」
お隣りさんがいきなり逆ナンパしてくるか?
アラサーとは言え、相手は女性だぞ。
不審に思っていると、美咲さんの背後から物凄い殺気……というか視線を感じる。
彼女の腰を小さな手で握って離さない。
その鋭い眼光は大人の俺でも、たじろいでしまうほど。
「母ちゃん、これ! さっさと渡して、次の家に行こうよっ!」
「あ、そうだったわね。私ったら黒崎さんとのお話が楽しくて……つい」
きれいな紙袋を差し出すと、俺に頭を下げる美咲さん。
重力のせいだと思うが……胸の谷間が露わになる。
かなりデカい。
ブラジャーの色までくっきり見えているぞ、赤か……。
久しぶりに見た女性の素肌に、動揺していると。
先ほどからこちらを睨んでいる、小動物が目の前に現れた。
「お前! 母ちゃんの胸を見てただろっ!」
そう言って、人の顔を指差すのは、黒猫? と見間違えてしまうほど小さな生き物だった。
美咲さんよりも、かなり背の低い少女。
肌が小麦色に焼けていて、艶のあるショートヘア。
しかし、それよりも象徴的なのは、この子の瞳だ。
今にも吸い込まれそうなぐらい目力が強い。
ブラウンの瞳を揺らせて、俺をじっと見つめている……。
「え? なんのこと?」
「なにって、オレの母ちゃんの胸を見てただろ! 変な気を起こすなよ、おっさん!」
「お、おじさん……」
まだ20代なんだけどなぁ。
でも、それよりもこの子が気になって仕方ない。
ふくよかな胸に目が行ったのは、違いないが……。
今は、この子から視線を離せない。
「お前なんか、母ちゃんは相手にしないからなっ! 覚えとけよ、おっさん!」
物凄い剣幕で怒られている……。
でも、俺は無言を貫くことにした。
何故ならこの子と見つめ合えるから。
「こぉら! 航太、ダメでしょ? お母さんが悪かったんだから、黒崎さんは悪くないわ」
「じゃあ、母ちゃんもそんな胸が丸見えの服を着るなよ!」
「だってぇ~ これが涼しいんだもん……」
え? 今たしか「こうた」ていう、男の名前で呼んだよな?
「あ、紹介が遅れました。息子の航太です。これからよろしく」
「フンッ! 母ちゃんをおかずにすんなよ、おっさん!」
「……」
なんでそんなことを、決めつけるんだ?