思えばこんなベッドで寝るのも久しぶりだった。アジトをサイボストル達に襲撃されてからというもの、ネオレジオンのみんなとは離れ離れとなってしまい、逃避行の隙に瓦礫の隙間で仮眠をとるような暮らしを続けてきていた。

 一体これからどうなってしまうのだろうか? 確かにシアンのスマホは凄いが、スマホ一つだけで世界を支配しているAIを打ち倒せるイメージもわかなかった。底のない不安がむくむくと湧き上がってきて瑛士は耐えられず毛布に潜る。

 ふわりと漂ってくる華やかで優しいシアンの匂い……。瑛士はダメだと思いながらもそっとシアンの二の腕に顔をうずめた。

 温かくてフワフワとしたマシュマロのような感触に、瑛士は今まで感じたことの無い癒しを感じる。思えば物心つく前に母親をAIの核攻撃で失ってしまった瑛士には母に抱かれた記憶がないのだ。きっと普通の子供はこんな温かく優しい腕に抱かれて育っていくのだろう。なるほど、これが自分に欠けていたものなのだ。ポッカリと胸に開いていた穴にシアンの温かさが流れ込んでくる。

 ポロリとエイジの目から涙がこぼれた。

 全てを奪ったAIに対する怒りが渦巻いているが、AIを倒してもパパもママも帰ってこない。永遠に失われた温かさ。そのどうしようもない現実に瑛士は耐えきれなくなる。

 ママ……。

 ついそう口から漏れてしまった言葉に悲しみは加速してしまう。

 うっ……うっ……。

 瑛士は肩を揺らしながら泣いた。クソッたれのAIも、ネオレジオンに協力してくれない市民も、逃げることしかできない自分の無力さもすべて嫌になってオイオイと泣いてしまう。

 しばらく部屋には瑛士の嗚咽が静かに響いていた。

 やがて泣き疲れ果てた瑛士は静かに眠りへと落ちていく……。

 シアンは薄目を開け、そんな瑛士を温かく見守ると毛布をそっと整え、優しく髪をなでた。


      ◇


 翌朝、二人はガヤガヤとした人の気配に目を覚ました。

「えっ? こんなところに人が?」

 瑛士は目をこすりながら窓の外をそっと見て思わず声を失った。まだ冷たい空気の中、瓦礫を乗り越えながら何十人ものむさい男たちが電磁警棒を振り回して何かを探している。彼らは黒い革ベストなどに身を包み、二の腕には不気味なタトゥーを彫り込んでいた。警棒の先端からは、不規則に青白い電気が弾けている。

「おい、この辺でいいのか?」「地図ではここみたいっすよ」

 どうやら瑛士たちを探しているようだったが、どうみても平和的な訪問ではなかった。

「おい! 瑛士! いるんだろ? 出てこい!」

 顔にまでタトゥーを入れたリーダーらしき男が叫ぶ声が、瓦礫だらけの朝の街に響き渡る。

「ふぁーあ……、何なの? 殺しちゃう?」

 シアンは伸びをして大あくびをしながら物騒なことを言ってくる。

「いやいや、僕らは人間のために戦っているんだ。人間殺しちゃ意味がない……」

 瑛士は頭を抱えた。自分が命を賭けて守ろうとしている人たちに襲われる。それは自分の信念の根底に関わる一大事だった。

 市民がレジスタンス活動を全然支援してくれない事についてはいつも不思議に思っていた。自由を奪われ、まるで動物園の動物みたいな暮らしを強要されているのにそれに対して怒りを感じないというのが瑛士には理解ができない。人間にとって自由とは一番大切なものではなかったのか?

 レジスタンスに協力したのがバレたら苛烈なペナルティがあるせいだと思ってきたが、押し寄せてきた半グレたちの様子を見たらそれでは説明がつかなかった。

「瑛士! 返事しないならこの辺全部火をつけるぞ!」

 リーダーはドスの効いた声で叫ぶ。

 瑛士は大きく息をつくと意を決して窓から顔を出した。

「瑛士は僕だ! 何の用?」

 リーダーは廃ビルを見上げ、獲物を見つけたかのような狡猾な笑みを見せる。

「悪いがお前を捕まえるとAI政府(ドミニオン)から酒と肉がふるまわれるんだ。今晩の宴のために観念してもらおう。隣のおねぇちゃんは俺らで可愛がってやるから安心しろ」

 仲間の男たちはゲラゲラと下卑た笑いを上げる。

「僕らはAI政府(ドミニオン)を倒し、人類を解放するレジスタンスだ。酒も肉も僕らが勝てば普通に手に入るように……」

「バーカ、何がレジスタンスだ! 俺らは働かなくていい今の世界を気に入ってんだよ! 余計なことすんな!」

「『働かなくていい』ってのは仕事を奪われただけで……」

「あー、うるさい! お前は俺らの酒になり、おねぇちゃんは俺らを喜ばせてればいいんだよ! 突入!」

 リーダーはそう叫ぶと男たちを廃ビルに突入させた。

 玄関のバリケードを次々と破壊し始める音があたりに響き渡る。

 くっ……。

 瑛士が逃げ出そうと思った時だった。

「おっと、地下道はもうふさいであるぜぇ。ガハハハ!」

 瑛士はハッとした。いざとなれば非常階段から地下に抜ける通路から逃げればいいやと思っていたのだが、なんとすでに手を回しているということだった。これもAIからの指示なのだろう。

 まさに万事休す。AIではなく人間たちの手によって倒されてしまうかもしれない無慈悲な現実に、瑛士はギリッと奥歯を鳴らした。