太陽が地平線に近づき、空は神秘的な赤に染まっていく。排気ガスのない廃墟と化した東京の夕陽は、まるで異世界のような鮮やかな赤で瑛士を圧倒し、彼はその光景にしばし見とれ、そして大きく息をつくと少し恨めしそうににらんだ。

 少し離れた廃ビルに二人は今晩の居場所を確保する。瑛士は長い経験の中で、ビルの壊れ具合から居心地の良さを見抜けるまでになっていた。

 焚火をおこそうと、瑛士が壁を引っぺがして持ってきた材木を積み上げていると、食料調達に出ていったシアンが戻ってきた。

「コンビニの奥に缶詰めがあったよー」

 シアンはドヤ顔で戦利品をきしむテーブルの上に並べていく。

「おぉ、すごい! これでしばらくは暮らせそうだ!」

 瑛士は思わずパチパチと拍手しながら歓喜の声を上げた。一日中逃げ続けてもうお腹ペコペコだったのだ。

「今、火をおこすからね……。あれ……?」

 瑛士はライターをカチッカチッと鳴らしてみるものの、火がつかない。

「おっかしいなぁ……」

 ライターの部品をいぶかしそうに眺めていると、シアンが材木にスマホを向けて嬉しそうに言った。

「ハイ、チーズ!」

 へ?

 パシャー!

 シャッター音が響き渡った直後、材木から激しい閃光が噴き出し、一気に炎がぼわっと燃え上がる。

「うわっ! あちちちち!!」

 瑛士はたまらず飛びのいた。

「ほら着いた。きゃははは!」

 メラメラと炎を噴き上げる材木に瑛士は唖然とする。ただのスマホでなぜ火がおこせるのだろうか?

「ちょっとそのスマホ貸して!」

 髪の毛が少しチリチリになった瑛士はムッとしてスマホをひったくった。

 画面を見れば普通のスマホそのままである。試しにその辺の写真を撮ってみるが普通に写真が撮れるだけで何も起こらない。

「ただのスマホだよ?」

 シアンは嬉しそうに笑う。

 納得いかない瑛士はスマホをシアンに向ける。

「イェーイ!」

 シアンは嬉しそうに指をハートマークにして、ニコッと可愛く顔を作る。

 パシャー!

 撮ってはみたが、焚火に照らされる可愛い女の子のいい雰囲気の写真が撮れただけだった。なぜ自分だと写真が撮れるだけなのか納得がいかない瑛士は、首をかしげて考え込む。しかし、いくら考えてもカメラはカメラ、火など着くわけがないのだ。

「なんで……僕だと何も出ないの?」

 瑛士は口をとがらせて聞いた。

「瑛士はこの世界のことを分かってないからだよ」

 シアンはドヤ顔で人さし指を振る。

「は? 分かってたら僕でも何かできるって事?」

「そりゃそうだよ。『知るは力』だからねっ」

「えっ! じゃあ教えてよ」

 瑛士は身をずいっと乗り出した。知るだけでミサイルを撃ち落とせるならぜひ知っておきたかったのだ。

「そんなの自分で気がつかなきゃ意味ないよ。きゃははは!」

 シアンは嬉しそうに笑う。

「えーっ、いいじゃん教えてよぉ」

「そんなことはいいから。ほら、食べるよ! 早い者勝ちだからね」

 シアンはパカッと桃の缶詰を開けると細い指先で桃をつまみ上げ、うまそうにパクリとかぶりついた。

「おほぉ……美味いぃ」

 噛むたびに甘い汁が口の脇を伝ってポトポトと床に滴っていく。

「けち……」

 瑛士はムッとしながら、揺らめく焚火に浮かび上がるシアンの幸せそうな姿をしばらく見つめていた。

「食べないの? 美味しいよ? 早い者勝ちだからね」

 シアンは碧い瞳で悪戯っぽい笑みを浮かべ、二つ目の缶に手を出した。

「うほっ! これはすっごく美味ぁ~い」

 見るとシアンはコンビーフを丸かじりしている。

「え……? あっ! に、肉!」

 瑛士は思わず二度見してしまった。

 AIに支配されるようになって食肉は一切廃止されてしまい、今や肉は手に入らない貴重品だったのだ。

「おほぉ! さいこー!」

 ホクホク顔のシアンは美味そうにコンビーフを貪っていく。

「ちょ、ちょっと待って! 僕のは?」

 瑛士は慌てて並べられた缶詰をチェックしていくが、もう肉は無かった。

「ぐわぁぁ! ぼ、僕にも肉ぅ!」

 瑛士は急いでシアンの腕を握ったが、シアンは最後のひとかけらを口に含んでニヤッと笑っている。

 くぅ……。

「はい、アーン!」

 シアンはふざけて口をとがらせ、口移しのポーズを見せるが、さすがにそんなことはできない。

「肉ぅ……」

 瑛士はがっくりと肩を落とした。

「食べたいと強く思ってればまた食べられるって! くふふふ」

 シアンは嬉しそうに瑛士の肩をポンポンと叩く。

 瑛士はそんなシアンをジト目でにらんだが、いくらにらんでも肉は手に入らないのだった。