「ハーイ、ピッチャーお持ちしました……。あれ?」

 ガラガラっと扉を開けた店員は、逃げ出そうとしている四人と目が合って首をかしげた。

「あんたたち、何やってんの? 早く座りなさい! 乾杯よ!」

「ピッチャーはここ置いて! きゃははは!」

 一触即発だった美奈とシアンは何食わぬ顔でにこやかに対応する。

「え……?」「あれ……?」

 四人は渋い顔でお互い目を合わせながら、そーっともう一度席に座りなおした。


       ◇


「それでは、瑛士君と、サポートの絵梨ちゃんのジョインを祝って……カンパーイ!」

「カンパーイ!」「ヤフーー!」「イェーイ!」「飲むぞーー!」

 無事仕切り直して、にぎやかに乾杯で歓迎会がスタートした。

「ハイ! こちら、本日オススメ! 米沢牛のシャトーブリアンになります!」

 店員もノリノリで厚切りのシャトーブリアンの皿をドンとテーブルに置く。

「キターー!」「ウヒョー!」

 瑛士は初めて見るシャトーブリアンに目を丸くした。まるでエアーズロックのような分厚い、美しいさしの入った肉隗はまさに魅惑の食の頂点。

 ほわぁ……。

 瑛士はぽかんと口を開け、神々しく輝いて見えるシャトーブリアンに目が釘付けとなった。

「あんたたち、待ちなさい! 一人一切れよ?」

 我先に箸を伸ばすシアンとレヴィアに美奈は眉をひそめ、にらんだ。

「嫌だと……言ったら?」

 シアンは碧眼を光らせながら楽しそうに美奈を見る。第二ラウンドの不穏な雰囲気が部屋を包んだ。

「よろしい……。ならば戦……」

 美奈が琥珀色の瞳をギラリと光らせた時だった。タニアが間に入り、叫ぶ。

「今日は歓迎会ですので、そのへんで……ね?」

 美奈とシアンはしばらくにらみあっていたが、大きく息をつき、うなずくとビールをグッとあおった。

 ふぅと大きく息をついたタニアは、ロースターにシャトーブリアンを丁寧に並べていく。

「あ、あのぅ……」

 瑛士は話題を変えるべく美奈に話しかける。

「何よ?」

 美奈はシャトーブリアンを丁寧に並べながらぶっきらぼうに応えた。

「さっき、オムツを替えていたって話をされていましたけど……」

「あぁ、コイツこないだ産まれたばっかなのよ」

 美奈はシャトーブリアンをひっくり返しながらシアンを指さした。

「え……。こ、こないだって……?」

「コイツまだ四歳なのよ」

「僕よっちゅ! きゃははは!」

 シアンは楽しそうに笑うと、待ちきれなくなって生焼けのシャトーブリアンを拾い上げ、かぶりついた。

「……。は?」

 瑛士はどういうことか分かりかね、言葉を失う。年上に見える立派な若い女性の肢体を誇りながら四歳だという。本当なら保育園に入っていておかしくない年齢だと言われても納得がいかない。

「よ、四歳……? ほ、本当に……?」

 瑛士は動揺を隠せず、震える声でシアンに聞いた。

「四歳だよ? シャトーブリアン食べないの? もらっていい?」

 シアンは口いっぱいに肉を頬張りながら、瑛士のシャトーブリアンに手を伸ばす。

「ダメです!」

 絵梨が厳しい表情でシアンの箸をブロックした。

 瑛士はこの瞬間全てを理解した。なぜこの女の子は無邪気に無謀なことを繰り返し、子供っぽいのかを。だってまだ四歳なのだ。

 それと同時に、いままでたくさんドキドキして、あまつさえ腕で泣いてしまっていたことが恥ずかしくなり、瑛士は真っ赤になってうつむいた。

「お? 瑛士、キミは何か勘違いしてるゾ! ほら、あーん!」

 シアンはニヤッと笑うと、シャトーブリアンを瑛士の口に持っていく。

「え? 何? なんなの? うわっ!」

 口にねじ込まれるシャトーブリアン。刹那、天にも昇るかの如く華やかで豊かな肉汁が口内に溢れ出る。瑛士はその極上の滋味に、時間すら止まるかのような恍惚とした表情で身を委ねた。

 う、美味い……。

「僕は生まれてまだ四年だけど、たくさんの僕が今この瞬間も宇宙のあちこちで活動して、その膨大な経験がものすごい速度で蓄積してるんだゾ?」

「た、たくさん……って?」

「今は十六並列だゾ。くふふふ……」

「じゅっ、十六人のシアン……? はぁ……」

 瑛士はその意味不明な並列処理に何と答えていいか分からなくなる。もはや一人の人間として考えてはいけないということかもしれない。

「その『膨大な経験』で富士山ぶった切っちゃうのよねぇ……。はぁ……」

 美奈は肩をすくめ、宙を仰ぐ。

「ゴメンってばぁ……」

 珍しくシアンが謝っている。シャトーブリアンの旨味がシアンを素直にさせたのだろう。

「じゃあ、お詫びの一気行きマース!」

 シアンはガタっと立ち上がると、嬉しそうにピッチャーを傾けてビールをゴクゴクと飲み始めた。

「えっ! そんなに飲んだら……」

 瑛士は慌てたが、レヴィアは真紅の瞳をキラっと輝かせ、自らもピッチャーを持った。

「我もお詫びじゃぁ!」

 二人はゴクゴクと幸せそうにビールののど越しを楽しんでいく。

 こんな大量のビールがいったい細い身体のどこに入っていくのだろうか? 瑛士はけげんそうな顔で小首をかしげ、ウーロン茶を一口含んだ。