「え……?」

「どうせ、パパを生き返らせて欲しいとか言うんでしょ? そういうお願い聞いていたら際限ないの。管理者(アドミニストレーター)だけだって一万人以上いるのよ? 特別扱いはできないわ」

 女神はウンザリした様子で肩をすくめ首を振る。

「えっ……いや……しかし……」

 瑛士は機先を制され、言葉が出てこない。いつも力強く優しかったパパ。自分のために命をなげうったパパ。何とかしてもう一度一緒に暮らしたいと必死に頑張ってきたのに何の成果も得られない現実に、胸がキューッと締め付けられる。

「一万人の管理者(アドミニストレーター)が納得できる成果でも出せたら……、褒美としてしてあげられるくらいかなぁ?」

 女神は眉をひそめ、申し訳なさそうに言う。

 瑛士はギュッと唇を噛み、うつむいた。もちろん、そう簡単に生き返らせてもらえるとは思っていなかったが、一万人もの管理者(アドミニストレーター)に認められる成果を出すというハードルは思った以上に厳しく、その道のりの険しさに思わずため息をついた。

「そんなに落ち込まないで。チャンスはすぐにやってくるかもしれないし」

 女神は優しい声をかけてくれるが、瑛士はただ無言でうなずくことしかできなかった。こんな時、きっと交渉上手な人なら手練手管でもっといい条件を引き出せるのだろうが、社会経験の乏しいまだ少年の瑛士にはどういう交渉をしたらいいかすら分からない。

 女神はうつむく瑛士を元気づけるように声をかけた。

「今晩、研修終わったら歓迎会やりましょ! レヴィア! いつものところ予約しておいて」

「み、御心のままに……」

 レヴィアは胸に手を当てて頭を下げると、慌ててポケットからiPhoneを取り出し、どこかへ電話をかける。

 瑛士は焦ることは無いと思いなおし、静かにうなずいた。

「ウッヒョー! 飲むぞーー!」

 シアンはパンパンと瑛士の肩を叩くと、チリチリになった青い髪を揺らしながら、楽しそうにピョンと跳び上がった。


         ◇


 瑛士はレヴィアに連れられて神殿の奥の扉の向こうへと進んでいく。そこには意外にもマホガニーやウォールナットで作られたオシャレな会議テーブルやキャビネットが並んだ明るい空間だった。心地よく観葉植物が配され、間接照明が美しい陰影を浮かべており、まるで高級ホテルの趣があった。

 デスクではスタッフの人たちがそれぞれスクリーンを空中に浮かべながら何か真剣に作業を進めている。どうやら地球群を管理するオフィスらしかった。バースタンドにはいぶし銀のエスプレッソマシンが置かれ、コーヒーのかぐわしい香りが漂ってくる。

「うわぁ……。オシャレなオフィスですね……」

「気持ちのいい作業環境を突き詰めるとこうなるみたいじゃな。この先の会議テーブルを使わせてもらおう」

 レヴィアについてバースタンドの角を曲がった時だった。巨大な窓から辺りの景色が目に飛び込んでくる。それは活気あふれる大都会、無数のビルの群れだった。海王星の森に居たはずなのに扉を通ったらなぜか大都会の高層ビルの中にいる。その予想外の展開に瑛士は足が止まった。

 街を見回すと、奥の方には巨大な赤いタワーが見える。

「へっ!? あ、あれは……、まさか……」

「ん? 東京タワーじゃよ? あぁ、お主の地球ではもう無かったんじゃったか」

「えっ!? えっ!? どういうことですかそれ!」

 瑛士は混乱した。核攻撃で吹き飛んだはずの東京の景色が目の前に生き生きとして広がっているのだ。道には人や車があふれ、首都高速では多くの車が行きかい、空にはジェット旅客機が着陸態勢に入っている。それは記録映像でしか見たことの無い、生きている東京の姿そのものだった。

「お主の地球は元はこの地球と同じだったんじゃが、数十年前に複製され、分岐したんじゃ」

「えっ!? じゃあ、僕の地球だけがAIに破壊されたって……こと?」

 みじめにも瓦礫の山と化した東京は、自分たちの世界でしか起こっていなかったとするならばとてもやりきれない。なぜ彼らは楽しそうに東京を満喫できているのだろうか? 瑛士は唇をキュッと噛んだ。

「こっちの地球はシステムトラブルなどが続いて時間の流れが遅くなっていたんじゃな。だからAIの開発はまだまだこれからってタイミングなんじゃ」

「それじゃ、このままだとうちの地球みたいにここも核攻撃されるって……こと?」

「いや、そうとも限らん。世界は確率で動いておる。確率の結果は地球ごとに異なるから、スタート地点が同じでも歴史の流れはどんどん変わっていく。数十年前は全く一緒だった地球も今じゃ全然違う道を歩んでおるよ。例えばお主の両親もこの地球に暮らしてはおるが、出会うことなく、すでに別の人と結婚しておる」

「えっ……、パパとママが出会ってない……? じゃあ、僕も生まれて……ない……」

「そう。今じゃ別の星になっとるってことじゃ」

 瑛士は窓に駆け寄ると、目の前に広がるエネルギッシュな大都会に思わずため息をついた。