しばらく他愛のない事を話していた絵梨と健太だったが、人心地つくと健太はシアンの方をチラッと向いて言った。
「さっきあの方がおっしゃっていた通り。僕は後悔なんてしてないんだ。納得して戦い、不運にも命を落とした。それだけ」
「で、でも……」
「もちろん無念だし、絵梨を遺して去らねばならなかったことは申し訳ない……。けどレジスタンスのことは恨んでなんていない。むしろ誇らしく思っているんだ」
健太は絵梨をまっすぐな瞳で見つめ、手を握った。しかし、絵梨はその眼差しを受け止めることができず、涙を浮かべながらうつむいてしまう。
「絵梨もいつか俺の言うことが分かるようになる。だから、あのお方の邪魔だけはしないでくれよな」
「あの女ムカつくんだけど、何なの……、むぐっ」
シアンをにらむ絵梨の口を健太は慌ててふさいだ。
「おい、止めてくれ。この世界を消し飛ばすつもりか」
健太は苦しそうに胸を押さえてうつむき、首を振る。
「あのお方は言うならば『この世界そのもの』。絵梨は知らなくていい。ただ、邪魔だけはホント止めて……」
絵梨はあまりにも意味不明な説明に首を傾げ、しばらく健太の目を見つめていたが、ふぅとため息をつくとうなずいた。
「分かったわ。健太の頼みなら仕方ないわね」
絵梨は不満そうにシアンをにらみ、シアンはドヤ顔でニヤリと笑う。
これで二人の喧嘩に気を揉むこともないだろう。瑛士はホッと胸をなでおろす。しかし、健太の言った『この世界そのもの』という言葉が引っ掛かっていた。確かに『科学』と主張する不可思議な力を使いまくる、この可愛い少女は明らかにただものではない。そして死者は彼女のことを良く知っているらしい。一体これはどういうことだろうか?
この世とあの世の境をぼやけさせるこの美しい少女の存在に、瑛士は困惑し心を乱された。
◇
健太は去り、副長は助手席に戻って流れる風景を静かに眺めている。
「よーし、瑛士! キミのツボを探してやろう。くふふふ……」
シアンは碧い瞳をキラリと光らせて指をにぎにぎさせる。ブルーシートの中で暇を持て余したシアンは、瑛士にちょっかいを仕掛けてくるのだ。
「な、何言ってんだよ! 僕は『科学を教えて』って言っただけじゃないか!」
瑛士は何とか抑えようと頑張るが、このおてんば娘の無尽蔵な元気にもうそろそろ限界を感じている。
「科学はツボの先にあるんだよ。それっそれっ!」
シアンは指をシュッシュッと瑛士の脇腹に滑り込ませてくる。
「うひゃっ! や、止めてよ!」
必死に防戦する瑛士。
「うい奴じゃ、ええじゃないか。くふふふ……」
「なんだよそのエロオヤジみたいなセリフは!」
「そりゃー!」
シアンは飛びかかり、瑛士は倒れてゴンと頭を打った。
「痛てぇ! もーっ!」
瑛士は怒って思いっきりシアンの腕を押してつき飛ばそうとしたが、するっと手が滑って……。
「きゃぁ! どこ触ってんのよぉ! エッチー!」
シアンはパシパシと瑛士の頭を叩くが、瑛士はその温かくしっとりとした張りのある弾力の感覚が頭をグルグルとめぐり、真っ赤になって言葉を失ってしまう。
「はい、着いたよ」
リーダーは後部座席のバカ騒ぎにうんざりしながら声をかける。
「およ?」「つ、着いた!?」
二人は急いでブルーシートから顔を出し、そっと窓の外を眺めた。リーダーの指さす先には、空き地の向こうに白い鉄パイプの構造物が見える。それはまるで小さなピラミッドみたいな不思議な形をしていた。
「あ、あれは……?」
「あれが『浮島換気所』。アクアラインの入り口の上にある換気施設さ。あそこからアクアラインに通じる通路があると思うよ」
「あ、ありがとうございます! じゃ、行こう!」
瑛士は弾んだ声でシアンの肩をポンポンと叩く。
「ほいほい。いっちょ頑張りますか!」
二人はドアを開けて元気に車から飛び出した。
換気所の向こう、海の先に風の塔、その隣には高さ三キロを誇る純白の巨塔が、宇宙への門のようにそびえ立ち、異次元の存在感を放っていた。雪の結晶を模したひさしが連なる様子は枝のようにも見え、北欧神話に謳われた世界樹をほうふつとさせる。
おぉぉぉぉ……。
瑛士もこんなに近くからクォンタムタワーを見たのは初めてだった。三キロという空前絶後の高さは異常で、その先端はぽっかりと浮かんだ雲の中に突き刺さってしまっている。
「なんだよこれ……」
瑛士は倒すべき塔の圧倒的な存在感に思わずブルっと身体が震えた。
「いいね、いいね! さぁ、倒すぞぉ。くふふふ……」
シアンは碧い瞳をキラリと光らせながら邪悪な笑みを浮かべる。
「じゃあ頑張って! グッドラック!」
リーダーは窓から手を出してグッとサムアップした。
「ありがとうございましたー!」「行ってくるよー!」
二人は大きく手を振りながら換気所へと歩き出す。
邪悪なAIから世界を取り戻す。人類の悲願を抱え、瑛士は遠く海の上にそびえる巨塔に向かって、グッとこぶしを突き出した。
「さっきあの方がおっしゃっていた通り。僕は後悔なんてしてないんだ。納得して戦い、不運にも命を落とした。それだけ」
「で、でも……」
「もちろん無念だし、絵梨を遺して去らねばならなかったことは申し訳ない……。けどレジスタンスのことは恨んでなんていない。むしろ誇らしく思っているんだ」
健太は絵梨をまっすぐな瞳で見つめ、手を握った。しかし、絵梨はその眼差しを受け止めることができず、涙を浮かべながらうつむいてしまう。
「絵梨もいつか俺の言うことが分かるようになる。だから、あのお方の邪魔だけはしないでくれよな」
「あの女ムカつくんだけど、何なの……、むぐっ」
シアンをにらむ絵梨の口を健太は慌ててふさいだ。
「おい、止めてくれ。この世界を消し飛ばすつもりか」
健太は苦しそうに胸を押さえてうつむき、首を振る。
「あのお方は言うならば『この世界そのもの』。絵梨は知らなくていい。ただ、邪魔だけはホント止めて……」
絵梨はあまりにも意味不明な説明に首を傾げ、しばらく健太の目を見つめていたが、ふぅとため息をつくとうなずいた。
「分かったわ。健太の頼みなら仕方ないわね」
絵梨は不満そうにシアンをにらみ、シアンはドヤ顔でニヤリと笑う。
これで二人の喧嘩に気を揉むこともないだろう。瑛士はホッと胸をなでおろす。しかし、健太の言った『この世界そのもの』という言葉が引っ掛かっていた。確かに『科学』と主張する不可思議な力を使いまくる、この可愛い少女は明らかにただものではない。そして死者は彼女のことを良く知っているらしい。一体これはどういうことだろうか?
この世とあの世の境をぼやけさせるこの美しい少女の存在に、瑛士は困惑し心を乱された。
◇
健太は去り、副長は助手席に戻って流れる風景を静かに眺めている。
「よーし、瑛士! キミのツボを探してやろう。くふふふ……」
シアンは碧い瞳をキラリと光らせて指をにぎにぎさせる。ブルーシートの中で暇を持て余したシアンは、瑛士にちょっかいを仕掛けてくるのだ。
「な、何言ってんだよ! 僕は『科学を教えて』って言っただけじゃないか!」
瑛士は何とか抑えようと頑張るが、このおてんば娘の無尽蔵な元気にもうそろそろ限界を感じている。
「科学はツボの先にあるんだよ。それっそれっ!」
シアンは指をシュッシュッと瑛士の脇腹に滑り込ませてくる。
「うひゃっ! や、止めてよ!」
必死に防戦する瑛士。
「うい奴じゃ、ええじゃないか。くふふふ……」
「なんだよそのエロオヤジみたいなセリフは!」
「そりゃー!」
シアンは飛びかかり、瑛士は倒れてゴンと頭を打った。
「痛てぇ! もーっ!」
瑛士は怒って思いっきりシアンの腕を押してつき飛ばそうとしたが、するっと手が滑って……。
「きゃぁ! どこ触ってんのよぉ! エッチー!」
シアンはパシパシと瑛士の頭を叩くが、瑛士はその温かくしっとりとした張りのある弾力の感覚が頭をグルグルとめぐり、真っ赤になって言葉を失ってしまう。
「はい、着いたよ」
リーダーは後部座席のバカ騒ぎにうんざりしながら声をかける。
「およ?」「つ、着いた!?」
二人は急いでブルーシートから顔を出し、そっと窓の外を眺めた。リーダーの指さす先には、空き地の向こうに白い鉄パイプの構造物が見える。それはまるで小さなピラミッドみたいな不思議な形をしていた。
「あ、あれは……?」
「あれが『浮島換気所』。アクアラインの入り口の上にある換気施設さ。あそこからアクアラインに通じる通路があると思うよ」
「あ、ありがとうございます! じゃ、行こう!」
瑛士は弾んだ声でシアンの肩をポンポンと叩く。
「ほいほい。いっちょ頑張りますか!」
二人はドアを開けて元気に車から飛び出した。
換気所の向こう、海の先に風の塔、その隣には高さ三キロを誇る純白の巨塔が、宇宙への門のようにそびえ立ち、異次元の存在感を放っていた。雪の結晶を模したひさしが連なる様子は枝のようにも見え、北欧神話に謳われた世界樹をほうふつとさせる。
おぉぉぉぉ……。
瑛士もこんなに近くからクォンタムタワーを見たのは初めてだった。三キロという空前絶後の高さは異常で、その先端はぽっかりと浮かんだ雲の中に突き刺さってしまっている。
「なんだよこれ……」
瑛士は倒すべき塔の圧倒的な存在感に思わずブルっと身体が震えた。
「いいね、いいね! さぁ、倒すぞぉ。くふふふ……」
シアンは碧い瞳をキラリと光らせながら邪悪な笑みを浮かべる。
「じゃあ頑張って! グッドラック!」
リーダーは窓から手を出してグッとサムアップした。
「ありがとうございましたー!」「行ってくるよー!」
二人は大きく手を振りながら換気所へと歩き出す。
邪悪なAIから世界を取り戻す。人類の悲願を抱え、瑛士は遠く海の上にそびえる巨塔に向かって、グッとこぶしを突き出した。