春はなかなか来ない。
それなのに彼が明日は花見しようって。
「おじゃまします」
部屋の扉を開ける前に花弁型の紙? が一枚落ちていた。
拾う間に扉が開く。
「玲衣、こっちにおいで」
「はい」
顔を上げた瞬間だった。
春が眼前に来ていた。
「桜ですか?」
「河津桜の枝を買えるだけ持ってきた」
「わあーすごい。凄く綺麗です」
「良かった。花瓶が足りなくてさ、急遽手作りの花瓶を作ったんだ」
いくつかペットボトルに生けられている。
「座って」
「用意があるなら私もお手伝いできたのに」
「それじゃ意味がないからさ。サプライズにしたかったんだ。予想もつかないだろ」
「はい。全く分かりませんでした」
こたつがあった場所には風呂敷が敷かれていて、サンドイッチやケーキが並べてあった。
「お花見ですね」
「早いけど先取りの春って事で」
「本番の花見は外に行きませんか? ね」
「行きたいな。でも俺は行けないわ」
「え? また海外へ行くんですか?」
「俺、春には死んでるんだよ」
へえ? 何を言っているの。彼の眼を見た。
「死、ぬ……」
「だから玲衣の最後の叶えたい花見は間に合わないから、今日に決めたんだ」
頭が真っ白になった。
彼が普通に話すから、態度だっていつもと変わらないから、聞き間違いかと疑ってしまえる。彼は白い紙を私に渡した。
「癌って書いてる」
「そう。実は海外は嘘なんだ。抗がん治療で入院してただけ」
「それなら癌は治ったのでは?」
「癌はリンパに転移してしまってさ、若年性は転移してしまったら回るのが早いらしい。で、余命をね。最近は体力に自信なかったから、此処へ玲衣に来てもらっていたんだよ」
私の首が横に振っていた。
「本当に生きられないんですか?」
「生きられない。生きたくとも俺は消えてしまうよ」
「そんなの嫌です!」
「いや?」
「だって、まだ出会ったばかり、これから色々を一緒にしようと思って……」
「玲衣も先が無いだろ。お互い、これからじゃなくて、残り、だったはず。悲しみの感情は消えるだろ? 玲衣が生き続けなければの話だがな」
そうだけど、そうだとも、私も消える、絶対に消える。だから悲しみなんか感じないのに、でも、でも、どうしても
「肇さんを失いたくない。そんな風に思えてしまって」
彼の腕が私の肩に回った。
ふわり香水の香りと彼の首筋の温度が頬に伝わる。
「俺も同じだよ。玲衣を失いたくない。玲衣を誰かに奪われたくない。この先も玲衣と同じ道を一緒に歩みたい。初めはこんな風になると思っていなかったんだ。ただ眼前で死を待つ人がいたから助けたかった。ヒーローになってみたかった。でも、玲衣を好きになってしまって、生きたくても生きられなくて、このままでは玲衣を置いてけぼりにしてしまう罪悪感が日が追う事に苛まれてさ、俺、最低だよな」
「肇さん」
「ごめんよ、俺は最後に枯れ花を玲衣渡す事になる。ごめん」
彼の腕の中は心地よいくて忘れられない暖かさがある。これが最後だと思うだけで、涙が止まらなくなった。
「枯れた花でも私は嬉しいです。受け取ります。姿形が無くなっても、私の心で咲いていてくれるなら私はずっと水やりします」
忘れない。肇さんを忘れたくない。
ぎゅっと力が入った腕。私も彼を強く抱きしめ返した。
「じゃ、水やり宜しくな」
「任せてください」
肇さんの前に手を出した。
「うん?」
「約束の握手です」
「あ、ああね。はいよ」
肇さんの手を握ったら、頬が暖かくなった。
「あ、玲衣が笑ってるな」
「なんだか自然と笑えて」
「玲衣の笑いのツボが今に知れるとはな」
「すみません」
涙が止まらないまま肇さんの前で私は崩れながら笑った。
「こんな俺だけど、玲衣、愛して良いかな」
それなのに彼が明日は花見しようって。
「おじゃまします」
部屋の扉を開ける前に花弁型の紙? が一枚落ちていた。
拾う間に扉が開く。
「玲衣、こっちにおいで」
「はい」
顔を上げた瞬間だった。
春が眼前に来ていた。
「桜ですか?」
「河津桜の枝を買えるだけ持ってきた」
「わあーすごい。凄く綺麗です」
「良かった。花瓶が足りなくてさ、急遽手作りの花瓶を作ったんだ」
いくつかペットボトルに生けられている。
「座って」
「用意があるなら私もお手伝いできたのに」
「それじゃ意味がないからさ。サプライズにしたかったんだ。予想もつかないだろ」
「はい。全く分かりませんでした」
こたつがあった場所には風呂敷が敷かれていて、サンドイッチやケーキが並べてあった。
「お花見ですね」
「早いけど先取りの春って事で」
「本番の花見は外に行きませんか? ね」
「行きたいな。でも俺は行けないわ」
「え? また海外へ行くんですか?」
「俺、春には死んでるんだよ」
へえ? 何を言っているの。彼の眼を見た。
「死、ぬ……」
「だから玲衣の最後の叶えたい花見は間に合わないから、今日に決めたんだ」
頭が真っ白になった。
彼が普通に話すから、態度だっていつもと変わらないから、聞き間違いかと疑ってしまえる。彼は白い紙を私に渡した。
「癌って書いてる」
「そう。実は海外は嘘なんだ。抗がん治療で入院してただけ」
「それなら癌は治ったのでは?」
「癌はリンパに転移してしまってさ、若年性は転移してしまったら回るのが早いらしい。で、余命をね。最近は体力に自信なかったから、此処へ玲衣に来てもらっていたんだよ」
私の首が横に振っていた。
「本当に生きられないんですか?」
「生きられない。生きたくとも俺は消えてしまうよ」
「そんなの嫌です!」
「いや?」
「だって、まだ出会ったばかり、これから色々を一緒にしようと思って……」
「玲衣も先が無いだろ。お互い、これからじゃなくて、残り、だったはず。悲しみの感情は消えるだろ? 玲衣が生き続けなければの話だがな」
そうだけど、そうだとも、私も消える、絶対に消える。だから悲しみなんか感じないのに、でも、でも、どうしても
「肇さんを失いたくない。そんな風に思えてしまって」
彼の腕が私の肩に回った。
ふわり香水の香りと彼の首筋の温度が頬に伝わる。
「俺も同じだよ。玲衣を失いたくない。玲衣を誰かに奪われたくない。この先も玲衣と同じ道を一緒に歩みたい。初めはこんな風になると思っていなかったんだ。ただ眼前で死を待つ人がいたから助けたかった。ヒーローになってみたかった。でも、玲衣を好きになってしまって、生きたくても生きられなくて、このままでは玲衣を置いてけぼりにしてしまう罪悪感が日が追う事に苛まれてさ、俺、最低だよな」
「肇さん」
「ごめんよ、俺は最後に枯れ花を玲衣渡す事になる。ごめん」
彼の腕の中は心地よいくて忘れられない暖かさがある。これが最後だと思うだけで、涙が止まらなくなった。
「枯れた花でも私は嬉しいです。受け取ります。姿形が無くなっても、私の心で咲いていてくれるなら私はずっと水やりします」
忘れない。肇さんを忘れたくない。
ぎゅっと力が入った腕。私も彼を強く抱きしめ返した。
「じゃ、水やり宜しくな」
「任せてください」
肇さんの前に手を出した。
「うん?」
「約束の握手です」
「あ、ああね。はいよ」
肇さんの手を握ったら、頬が暖かくなった。
「あ、玲衣が笑ってるな」
「なんだか自然と笑えて」
「玲衣の笑いのツボが今に知れるとはな」
「すみません」
涙が止まらないまま肇さんの前で私は崩れながら笑った。
「こんな俺だけど、玲衣、愛して良いかな」