今日、神社の手伝いは休み。彼からの二日ぶりの連絡は美容室で待ち合わせ。

「お、定刻通りに来てるね」
「はい。今日は朝ではなくて夕方なのですね」
「今日は玲衣には変身してもらうからね」
「変身?」

 美容室の看板を見上げてた。

「もしかして髪を切りますか?」
「さあーお楽しみに」

 ポケットに入っていた手を店内に振る彼の背中が楽ししげにみえる?
 出て来た店員さんは知り合いなのか、彼と親しげに話し始めた。

「電話のこの子ね。こんにちは、肇の友達でここでスタイリストしている真衣です。今日は宜しくね」
「っあ、はい、こちらこそ宜しくお願いします」

 言われるがままに私は挨拶した。

「じゃこちらにかけて」

 真衣さんが映る鏡は綺麗に磨かれていた。
 彼は入り口にあった椅子に座って雑誌を開いていた。
 ここからは私が要望を言わないといけない気がする。でも切る予定も染める予定も無いから、何も考えていない。

「緊張してる?」
「はい、少し」
「大丈夫だよ。玲衣ちゃんだっけ? 肇の言うとおり、綺麗な眼を持っているね。顔の形も美形だし、前髪で隠すのはもったいないよ」
「いええ、これで大丈夫です。あまり目立つのは苦手で」
「そっか、でも今日に似合うお洒落を提案させてもらうからね」
「っあ、はい」

 声に力が入らない。代わりにケープに隠れた結んだ手に力が入る。
 真衣さんは手のひらに付けたワックスのような液体を私の髪に塗布した。
 肩まで伸びた髪を束ねては、余った髪はコテで巻かれた。髪は切らないらしい。セットをしているみたい。
 前髪に手をかけた。

「あっ、待って下さい」

 真衣さんは細い唇を緩ませて首を振った。

「任せて」

 久々にお披露目になったおでこ。前髪は横に流して、波のようにうねらせた形を作り固められた。
 
「この髪型やってみたかったのよ。美少女じゃなきゃできなかったら今日は念願が叶ったわ」

 真衣さんの眼がキラキラしているが、出来上がりの私を直視出来なかった。
 そのままカーテン内に案内された。

「はい、完成」
「すごい」

 菫色の浴衣を着付けてもらった。
 姿見に写った私。恥ずかしい。化粧も色付きのリップぐらいだったから、今日は初めて自分の肌に色を塗ってもらった。

「デート楽しんでね」
「デートではありません。肇さんが勝手にしている事で」
「じゃ肇は喜んでいるみたいだから、今日は少しだけ付き合ってあげて。ね」
 
 ウインクを飛ばされてしまった。

「じゃーん。完成したよ〜」

 から、一分か二分経過した。彼は眼を見開いただけで、停止している。

「おお、真衣の技術に恐れいったか。それとも見惚れるてるでしょ。肇は分かりやすいね」

 耐えられなくて、私は顔を床に落とした。

「ありがとう真衣。じゃ行ってくる」

無言と足音と彼の広い背中。私から話題を振った方が良いのかな? 空気が重くで中々口を開けない。

「肇さん、この後は何処に行くんですか?」

 初歩的な質問をしてみた。

「やっと名前を呼んだな」

 返事が返ってきた。歩くスピードもゆっくりなり、私は彼の横に並んだ。

「でしたっけ?」
「うん、今初めて聞いた。玲衣」
「はい」
「浴衣、似合ってるよ。綺麗だな」
「……ありがとうございます」
「神社の手伝いが休みな理由を知ってるか?」
「知らないです」
「あれだよ」

 遠くを一直線に指した先には橙色の灯りがぶら下がりいつもの神社と違う雰囲気があった。

「祭神?」
「そう、夏祭り。これで玲衣の普通が一つ叶っただろ」

 うん、叶った。何気なく言ったのに、彼は覚えてくれていたなんて。

「この日のために浴衣を?」
「祭りと言ったら浴衣だろ。俺も見たかったし」
「ありがとう、ございます」

 慣れない下駄に彼は私の歩調に合わせて歩いてくれた。
 鳥居を潜った左右には出店があって、彼は目立つのか進む度に声をかけられている。見た事がある人もいる。ご近所さんだ。

「肇君の彼女?」
「美人さんだね」

 そればかりで、多分、誰も私だと気がついていない気がする。

「肇!」

 祭りの賑わいに負けない声が彼を呼んだ。

「あおいも来ていたのか」
「おう。珍しいよな。肇、人混み苦手なのに。てか誰だよ。美人連れてさ、紹介は」
「あ、ああ」

 申し訳ない感が否めない。私と居るところを知り合いに見せたくなかったはずなのに。
 小さく会釈をしてから、彼から一歩下がった。

「この子は玲衣。俺が見つけた俺の大切な人」

 え?

「へぇ〜そっか。肇が女の子と歩く姿からして夢かと思ったら、そうかよ、現実だったんだな。まあ、宜しく」

 彼の友達の片手が前に来た。
 これは握手した方が良いのかな?

「真衣の代わりに俺が」

 彼の手が友達の手を握った。

「お前の手を握るとは」

 楽しげに二人は笑っている。どこが楽しいのか分からない。

 ベビーカステラを買ってから土手に出た。
 小川を撫でた風が首筋に冷感を齎せてくれる。

「大丈夫でしたか?」
「何が?」
「肇さん、人混みが苦手だってお友達が言っていましたから」
「あーあれね。今日は平気だったんだよな。それより玲衣は楽しめたか?」
「はい。楽しかったです」
「なら良かった」
「あの」

 訊いて良いものか分からない。でもこの先の被害拡大を抑えておかないと。

「どうした?」
「私を紹介した時に大切な人って。あれは勘違いされますよ。私は近所の人でかまいません」
「彼女? 玲衣は変な心配するな。誤解させてとけば良いよ」
「駄目ですよ。肇さんはこの先に大切な人ができるのに、私のせいでその方が現れなかったら大変です」
「玲衣には先がないからの意味をこめて言ってる?」
「はい。私の事は空気と思って接して下さい。肇さんの人生において消えてしまう人は誰にも見えない方が良いんです」

 余命は私の勝手。彼の人生に汚点を付けたくない。成約はあくまでも二人だけの決まり事。世間に広めてしまえば私は肇さんの一生に存在を曝け出してしまう事になる。

「無理かな。俺は俺の好きなとおりに生きてる。サボりたいなら休むし、腹空いたならバイキングに行くし、玲衣に会いたいなら行く。俺の幼馴染、真衣とあおいに玲衣を見せたいと思ったから自慢しただけだ。消えるとか、俺の人生とか、そんな面倒な心配は要らねぇよ。玲衣、あと一年なんだ。そんな面倒なところを見るなら、明日の楽しみを見つけろ。分かったな」

 まただ、頭を撫でるようにポンポンとされる。

 っあ!

「触った! 成約に反してます」
「あ、確かに。ついな。はあああ」

 明日を楽しみと思った事はないけれど、今なら明日を待ち遠しくさせる事はできる。

「じゃ罰に、明日私の手伝いに参加してもらいます。朝五時集合ですからね」
「はーい」

 罰なのに彼は喜んで手を挙げている。
 明日は一人じゃないんだ。私。