私はトイレの個室に隠れ、悶えていた。
話した!話したんだ!
胸の太鼓が鳴り止まない。頭の中はお祭り騒ぎでしっちゃかめっちゃかだ。
絶対顔赤くなってた!絶対手震えてた!でも話せたんだ!自分をとりあえず褒めまくる。
私・七海寧々は、凪くんのことが好きなのだ。確か恋したのは、小学1年生の頃。
おつかいの帰りに迷子になってしまい、私は泣いていた。いつしか雨が降り出して、余計に泣けてきていた。傘は持っておらず、びしょびしょのまま歩いていた。
持っていたカバンには、がま口の財布と買った石鹸とお兄ちゃんと自分用の歯ブラシと掃除に使うスポンジ、トマトとチョコレート。それから左手にはお母さんからのお守りが握りしめていた。『がんばれ!』と書かれた大きな手作りのお守りを私は大切に握っていた。
風も強くなり、時々風に煽られてフラフラした。天気を教えてくれるお姉さんは、こんなこと言ってなかったのになと思った。
もう何時間歩いたのだろう。
自分から行きたいとせがんで行かせてもらったのに、こんな目に遭うなんて。
「…おかあさん…!」
呼んでも誰も来てくれない。
「おとうさん…!おにいちゃん…!」
やっぱり誰も来ない。
その時、いきなりつるっとスニーカーが滑った。そのまま私は地面に倒れる。
お守りが泥だらけになってしまった。おまけに私の膝からは血が滴り、手の皮も剥けてしまった。
痛いし、汚れちゃったし、濡れてるし、寒いし、怖いし。もう最悪としか言えない状況だった。
地面に座ったまま、わんわん泣いた。声をあげて泣いた。いつもは泣いたらお母さんが来てくれるのに、今日は来ない。それも寂しくて泣いた。
せっかくお母さんが用意してくれた桃色のワンピースも雨水を吸って重たくなった。お父さんが被せてくれた、ピンク色のリボンのついた麦わら帽子も濡れてしまっている。
もうお守りも握れなくて、カバンの中にしまった。
「おねえさん…!」
ドラッグストアでレジを担当してくれたお姉さんを呼ぶ。
「やさいのおじちゃん…!だがしやのおばちゃん…!」
行く時に通った、八百屋さんと駄菓子屋さんも呼んでみる。八百屋のおじちゃんには、「おつかいえらいな!」と言われて、トマトを。駄菓子屋のおばちゃんは、私がじっと眺めていたので、チョコレートをあげて、ドラッグストアに行くように促してくれた。
「わたなべせんせー…!」
今回のお使いとは全く関係ないピアノ教室の先生も呼んだ。でも、誰も来ない。涙が止まらなかった。涙がワンピースにさらにシミを作った。
誰か呼んだら来てくれるかもしれない。そう思って、名前を探した。
ふと思いついたのは、隣に住んでいる男の子。学校とクラスも一緒で、静かだけど自分と仲良しな子。
「なぎくん…!」
彼の名前を震える声で呼んだ。でも、やっぱり来なかった。いや、すぐには来なかった。
「ねねちゃん。」
10秒ほど経って、知ってる声が背中から聞こえた。
振り返ると…なんと凪くんが走ってるではないか。
涙でぐずぐずの顔のまま、振り返り続けた。
「大丈夫?」
凪くんが来てくれた。それだけが嬉しくて、また涙が出た。
その後凪くんは、泣く私の手を引っ張って、元来た道を戻った。
冷たい私の手を、ずっと暖かく握っていてくれた。
帰るとまずお兄ちゃんがいて、少し怒られた。お兄ちゃんがお父さんとお母さんに連絡を取って、呼び戻してくれた。
お母さんとお父さんは息を切らして帰ってきて、私を抱きしめてくれた。
あの手を握りながら歩いたとき、私は凪くんを好きになったのだろう。
いや、別に凪くんを追ってこの町に引っ越したわけではない。ただ、編入試験を受けて転入してみたら、凪くんの顔があったのだ。
もうこれは運命としか言えない。
「告ろうかな…。」
いやいやいや!落ち着いて、私!まだ早いって!
なんでか凪くんは他の人間とは喋らないが、そこもまたかっこいい…ってなに思ってんの私!落ち着いて!
あ、そうだ。でも私は、凪くんに言っていない秘密を持っている。
それは…怪異が見えること。
私はまだ、結び霊に会っていない。でも、凪くんの結び霊であるジンさんは見えていた。小学生の頃から。
どうやら私の家は巫女の家系だったらしく、今はなにも行っていないが、元々女子に見える人が多かったらしい。
せっかく会えたんだ。さっさと秘密を打ち明けて、告って…。…できれば付き合いたい…。なんてことは、夢物語だろうか。
トイレで一体なにを考えているんだ。自分を責めて、教室に戻った。
「なーなーナギィ。つまんねえんだけど。」
授業中、ジンさんが凪くんに話しかける。ナギくんはノートの隅に何か書いて会話しているようだ。
少し面白い光景に、嬉しくなってしまう。秘密にしているとこういう利点もあるのか。
ノートをとりつつ、凪くんを見てしまう。その時だった。
「あ、そういえば、さっきの七海、めっちゃ顔赤くなってたよな。」
ジンさんが私の名前を出してこちらをみた。
見えてないかのように振る舞ってノートをとるフリをする。
やっぱ赤くなってたんだ…。頭の中で私を殴り散らかした。
「あ?暑かったんじゃねえかって?んなわけねーだろー。」
(よかった…凪くんにはバレてない…!)
「ありゃあ、お前に照れてたんだよ。」
(え!?ジンさん!?)
「いやいやいや。多分こいつ、お前のこと好きだと思うね。」
(きゃー!バラされてるー!)
「…まあ、それもそうか。お前のこと好きになるやつなんて余程のもの好きだもんな〜。」
ん?なんかバレなかった?もの好き呼ばわりされたけど。
ノートの右上にセーフと書いて、すぐに消しゴムで証拠隠滅を図った。
6年ぶりの再会だ。再び私の胸は脈打った。
「わあ〜!可愛いお弁当〜!」
「いいな〜。」
桜ちゃんと梨々子ちゃんに羨ましがられながら、昼食をとる。よかった。クラスにも馴染めそうだ。
さて、どうやって秘密を打ち明けよう。まあシンプルに呼び出して話すのが早いか。
卵焼きは食べ慣れたお母さんの味で、いつもとは違う学校の中で安心する明かりのような存在だった。
凪くんはどこかに行ってしまったようで、ジンさんも見当たらない。
私たちは昼食をとったあと、校舎探検をすることになった。
学校は2つの校舎に分かれており、古そうな建物と新しそうな建物に分かれている。古そうな方には、理科で使う実験室や音楽室、図書室など、特別教室があった。反対に新しそうな建物には、私たちが使う普通教室や職員室があった。1年生は2階、2年生は3階、3年生は4階だ。他にも、体育館や中庭、講堂などがあり、しばらくは迷いそうだなと思ってしまった。
昼休みも残り6分となったところで、凪くんが帰ってきた。ジンさんも楽しそうに喋っている。
「あ、あのさっ。」
まずい。声が上ずった。今の声、キモかった…!
精一杯口を動かして、話しかける。
「放課後、時間ある…?」
「え…まあ…。」
「…話したいことがあるのっ…!」
それだけを言って、桜ちゃん達の話に混ぜてもらう。結局逃げてしまった。気持ち悪い自分に嫌悪しながら、必死に笑顔を浮かべておしゃべりした。
放課後、他の子達は部活や委員会などがあり、すぐには帰らなかったが、私は凪くんの背中を追って帰ろうとした。
「…凪くん、歩くの速くない?」
「え…そう…?」
「そうだよ〜。」
などと世間話をしながら、緊張で耳から心臓が飛び出そうだった。
凪くんは私を気遣って、ゆっくり歩いてくれる。優しいなぁ。
「で…?話したいことって…?」
「…ここじゃ言いづらくて…。」
「…じゃあ、ついてきて。いい場所知ってる。」
どこだろうと思って背中についていく。こうすると、あの頃を思い出してしまう。段々と空がオレンジ色に染まっていく。日が短くなったことを色で感じた。
連れて行かれたのはベンチと花壇しかない公園で、人っ子ひとりいなかった。
凪くんと同じベンチに座り、微妙な間が流れる。夕日が公園に茜を差す。
「…おい、ナギ。なんか話した方がいいんじゃねえか?あいつ、黙りこくってるぞ。」
そうだ。言わないと。言ったら気持ち悪いと思われるかもしれないけど、言わないと。気合いをいれて、5時間目と6時間目の間の休み時間は、髪をとかしたり、リップやハンドクリームを塗ったりしていた。
「なんだよこの空気。あいつ、早く言わねえかな…。」
サラサラになった手の甲を触って、ジンさんの方を向いた。
「そうだね、ジンさん。早く言わないと。」
弾かれたように、凪くんがこちらを見た。ジンさんも目を見開いている。
話した!話したんだ!
胸の太鼓が鳴り止まない。頭の中はお祭り騒ぎでしっちゃかめっちゃかだ。
絶対顔赤くなってた!絶対手震えてた!でも話せたんだ!自分をとりあえず褒めまくる。
私・七海寧々は、凪くんのことが好きなのだ。確か恋したのは、小学1年生の頃。
おつかいの帰りに迷子になってしまい、私は泣いていた。いつしか雨が降り出して、余計に泣けてきていた。傘は持っておらず、びしょびしょのまま歩いていた。
持っていたカバンには、がま口の財布と買った石鹸とお兄ちゃんと自分用の歯ブラシと掃除に使うスポンジ、トマトとチョコレート。それから左手にはお母さんからのお守りが握りしめていた。『がんばれ!』と書かれた大きな手作りのお守りを私は大切に握っていた。
風も強くなり、時々風に煽られてフラフラした。天気を教えてくれるお姉さんは、こんなこと言ってなかったのになと思った。
もう何時間歩いたのだろう。
自分から行きたいとせがんで行かせてもらったのに、こんな目に遭うなんて。
「…おかあさん…!」
呼んでも誰も来てくれない。
「おとうさん…!おにいちゃん…!」
やっぱり誰も来ない。
その時、いきなりつるっとスニーカーが滑った。そのまま私は地面に倒れる。
お守りが泥だらけになってしまった。おまけに私の膝からは血が滴り、手の皮も剥けてしまった。
痛いし、汚れちゃったし、濡れてるし、寒いし、怖いし。もう最悪としか言えない状況だった。
地面に座ったまま、わんわん泣いた。声をあげて泣いた。いつもは泣いたらお母さんが来てくれるのに、今日は来ない。それも寂しくて泣いた。
せっかくお母さんが用意してくれた桃色のワンピースも雨水を吸って重たくなった。お父さんが被せてくれた、ピンク色のリボンのついた麦わら帽子も濡れてしまっている。
もうお守りも握れなくて、カバンの中にしまった。
「おねえさん…!」
ドラッグストアでレジを担当してくれたお姉さんを呼ぶ。
「やさいのおじちゃん…!だがしやのおばちゃん…!」
行く時に通った、八百屋さんと駄菓子屋さんも呼んでみる。八百屋のおじちゃんには、「おつかいえらいな!」と言われて、トマトを。駄菓子屋のおばちゃんは、私がじっと眺めていたので、チョコレートをあげて、ドラッグストアに行くように促してくれた。
「わたなべせんせー…!」
今回のお使いとは全く関係ないピアノ教室の先生も呼んだ。でも、誰も来ない。涙が止まらなかった。涙がワンピースにさらにシミを作った。
誰か呼んだら来てくれるかもしれない。そう思って、名前を探した。
ふと思いついたのは、隣に住んでいる男の子。学校とクラスも一緒で、静かだけど自分と仲良しな子。
「なぎくん…!」
彼の名前を震える声で呼んだ。でも、やっぱり来なかった。いや、すぐには来なかった。
「ねねちゃん。」
10秒ほど経って、知ってる声が背中から聞こえた。
振り返ると…なんと凪くんが走ってるではないか。
涙でぐずぐずの顔のまま、振り返り続けた。
「大丈夫?」
凪くんが来てくれた。それだけが嬉しくて、また涙が出た。
その後凪くんは、泣く私の手を引っ張って、元来た道を戻った。
冷たい私の手を、ずっと暖かく握っていてくれた。
帰るとまずお兄ちゃんがいて、少し怒られた。お兄ちゃんがお父さんとお母さんに連絡を取って、呼び戻してくれた。
お母さんとお父さんは息を切らして帰ってきて、私を抱きしめてくれた。
あの手を握りながら歩いたとき、私は凪くんを好きになったのだろう。
いや、別に凪くんを追ってこの町に引っ越したわけではない。ただ、編入試験を受けて転入してみたら、凪くんの顔があったのだ。
もうこれは運命としか言えない。
「告ろうかな…。」
いやいやいや!落ち着いて、私!まだ早いって!
なんでか凪くんは他の人間とは喋らないが、そこもまたかっこいい…ってなに思ってんの私!落ち着いて!
あ、そうだ。でも私は、凪くんに言っていない秘密を持っている。
それは…怪異が見えること。
私はまだ、結び霊に会っていない。でも、凪くんの結び霊であるジンさんは見えていた。小学生の頃から。
どうやら私の家は巫女の家系だったらしく、今はなにも行っていないが、元々女子に見える人が多かったらしい。
せっかく会えたんだ。さっさと秘密を打ち明けて、告って…。…できれば付き合いたい…。なんてことは、夢物語だろうか。
トイレで一体なにを考えているんだ。自分を責めて、教室に戻った。
「なーなーナギィ。つまんねえんだけど。」
授業中、ジンさんが凪くんに話しかける。ナギくんはノートの隅に何か書いて会話しているようだ。
少し面白い光景に、嬉しくなってしまう。秘密にしているとこういう利点もあるのか。
ノートをとりつつ、凪くんを見てしまう。その時だった。
「あ、そういえば、さっきの七海、めっちゃ顔赤くなってたよな。」
ジンさんが私の名前を出してこちらをみた。
見えてないかのように振る舞ってノートをとるフリをする。
やっぱ赤くなってたんだ…。頭の中で私を殴り散らかした。
「あ?暑かったんじゃねえかって?んなわけねーだろー。」
(よかった…凪くんにはバレてない…!)
「ありゃあ、お前に照れてたんだよ。」
(え!?ジンさん!?)
「いやいやいや。多分こいつ、お前のこと好きだと思うね。」
(きゃー!バラされてるー!)
「…まあ、それもそうか。お前のこと好きになるやつなんて余程のもの好きだもんな〜。」
ん?なんかバレなかった?もの好き呼ばわりされたけど。
ノートの右上にセーフと書いて、すぐに消しゴムで証拠隠滅を図った。
6年ぶりの再会だ。再び私の胸は脈打った。
「わあ〜!可愛いお弁当〜!」
「いいな〜。」
桜ちゃんと梨々子ちゃんに羨ましがられながら、昼食をとる。よかった。クラスにも馴染めそうだ。
さて、どうやって秘密を打ち明けよう。まあシンプルに呼び出して話すのが早いか。
卵焼きは食べ慣れたお母さんの味で、いつもとは違う学校の中で安心する明かりのような存在だった。
凪くんはどこかに行ってしまったようで、ジンさんも見当たらない。
私たちは昼食をとったあと、校舎探検をすることになった。
学校は2つの校舎に分かれており、古そうな建物と新しそうな建物に分かれている。古そうな方には、理科で使う実験室や音楽室、図書室など、特別教室があった。反対に新しそうな建物には、私たちが使う普通教室や職員室があった。1年生は2階、2年生は3階、3年生は4階だ。他にも、体育館や中庭、講堂などがあり、しばらくは迷いそうだなと思ってしまった。
昼休みも残り6分となったところで、凪くんが帰ってきた。ジンさんも楽しそうに喋っている。
「あ、あのさっ。」
まずい。声が上ずった。今の声、キモかった…!
精一杯口を動かして、話しかける。
「放課後、時間ある…?」
「え…まあ…。」
「…話したいことがあるのっ…!」
それだけを言って、桜ちゃん達の話に混ぜてもらう。結局逃げてしまった。気持ち悪い自分に嫌悪しながら、必死に笑顔を浮かべておしゃべりした。
放課後、他の子達は部活や委員会などがあり、すぐには帰らなかったが、私は凪くんの背中を追って帰ろうとした。
「…凪くん、歩くの速くない?」
「え…そう…?」
「そうだよ〜。」
などと世間話をしながら、緊張で耳から心臓が飛び出そうだった。
凪くんは私を気遣って、ゆっくり歩いてくれる。優しいなぁ。
「で…?話したいことって…?」
「…ここじゃ言いづらくて…。」
「…じゃあ、ついてきて。いい場所知ってる。」
どこだろうと思って背中についていく。こうすると、あの頃を思い出してしまう。段々と空がオレンジ色に染まっていく。日が短くなったことを色で感じた。
連れて行かれたのはベンチと花壇しかない公園で、人っ子ひとりいなかった。
凪くんと同じベンチに座り、微妙な間が流れる。夕日が公園に茜を差す。
「…おい、ナギ。なんか話した方がいいんじゃねえか?あいつ、黙りこくってるぞ。」
そうだ。言わないと。言ったら気持ち悪いと思われるかもしれないけど、言わないと。気合いをいれて、5時間目と6時間目の間の休み時間は、髪をとかしたり、リップやハンドクリームを塗ったりしていた。
「なんだよこの空気。あいつ、早く言わねえかな…。」
サラサラになった手の甲を触って、ジンさんの方を向いた。
「そうだね、ジンさん。早く言わないと。」
弾かれたように、凪くんがこちらを見た。ジンさんも目を見開いている。