「そんなこともあったねぇ」
思い出すには昔すぎるくらいになっていた。

私たちは旅をしていた。
あれから10年も経った。
私は大学の文学部の、大学院生だし、紫亜は保育士になっていた。
今日は、息抜きに二人で海を見に行こうって話して、その当日。
電車に揺られながらあの日のことを思い返していた。

「今は死にたかったりしないんですか?」

私が茶化して言うと、

「そうだねぇ、仕事が忙しい時は死にたいかも」

なんて冗談を言う。ほんと、変わったよね。紫亜。あの時は本気で死のうとしてたのにさ。

がたんがたんと電車が揺れる。紫亜は私の目を見て言う。

「あの時、ののかに会えて本当によかった。今こんなに幸せだもん」

「私もだよ」

二人は実は一緒に住むようになっていた。関係性も前より上がっている。

「そういえばこないだ、園でお誕生日会をしたんだけど、ののかがアドバイスしてくれた切り絵、喜んで貰えたよ〜」

「ほんとー?!良かった」

「ののかって芸術センスあるよねー」

「そうかなぁ?」

文学部の大学院生をしながら、私は小説を書いていた。
何冊か書籍化していて私的にも成功しているとは思う。1番のファンの紫亜に

「ののか先生の次回作楽しみです」

なんて言われてしまっては、成功したって死ぬに死ねない。とまあ理由づけて、私は結構いい感じに生きています。

紫亜のほうも、短大を卒業して保育士になって、毎日大変そうだけど楽しいみたいだ。
紫亜は子供が好きならしい。
就職してからは、子供の可愛いところの話をよくしてる。
こないだも、1歳児の子がてちてち歩くのが可愛いだとか、音楽に合わせて踊るのが可愛いとか、ずっと語ってきた。
私はそれを聞くのが好きだ。紫亜が楽しそうにしていると嬉しい。