明日香の言葉に、私は頷いた。

それから二人の逃避行が始まった。

電車に揺られながら、私は少し懐かしさを感じた。
二人はたくさんの思いを交わす。

「私にとって、死ぬとは救われること。この苦しくてつまらない日々から脱して、全てを忘れられる。もう何も頑張らなくていい。苦しまなくていい。それってすごいことじゃない?」

「私にとって、死ぬとは救われること。逃げ場のない生活で、唯一私が選べるのがそれだった。他に何も知らない。私が存在しているから、全て悪いんだ。だから、いなくなれば全て解決する」

「生まれ変わったら何になりたいか?私は鳥だなあ。鳥の中でも、鴨かな。散歩をしている時に池に鴨がいるのを毎回見るんだ。鴨は私の苦しみとは縁がないように見えた。それどころか、水で遊んでいる姿は楽しそうだったよ。だから、生まれ変わったら鴨になって、たくさん水遊びをしたいな」

「私は、生まれ変わったら猫になりたいな。虐待とは無縁の田舎の猫ちゃん。昼間におばあちゃんの膝で眠ったりしたい。……昔、クラスメイトが見せてくれたゲームの田舎みたいなところに住みたいな。田んぼがいっぱいあってさ、車もほとんど走ってないの」

「私の趣味は、小説を書くこと。いつも、暗い小説ばかり書いてる。救いがない物語が好きなんだ。主人公が足掻いてもがいて、たまに幸せを見つけたりするけど、すぐに見失って。そんなストーリー。ほんとは、誰かに救いの手を差し伸べてほしいのだろうけど、そんなご都合展開は無いみたいで、現実的でしょう?」

「私の趣味は、ないよ」

「これから先の未来?わからない」

「この先は死ぬことだけが救いなの」

私たちは既にもう違っていた。私は明日香がちょっと怖かった。死ぬことに恐怖を覚えていないように見えたから。死ぬって怖いことだと思う。いくら生きるのが苦しくても、全てを無くしてしまうのは、恐ろしすぎる。死にたい感情と裏腹に、生きたい感情があるのが普通では無いのか。明日香からはそれがまるで見えない。死ぬ事が楽しみなような漢字なのだ。私には分からない。私の未来も分からないし、明日香の気持ちも分からない。

海に着く。明日香はとても楽しそうに、浜辺で海水とじゃれあっている。

「海に来たのなんて初めて〜!」

「私も久しぶり」

しばらく二人は海で遊んでいた。
そして、海の家でデザートを食べる。スイカゼリー。甘くて美味しい。

「明日香の好きな食べ物は?」

「私の好きな食べ物?……うーーん、あんまりないんだけど、強いて言うなら、白米かな……?給食の白米。おいしいよ」

「……白米?」

「うん、なんか変かな……?」

「いや、変じゃないけど…」

「命は何が好きなの?」

「私は、オムライス。お母さんが作ってくれるオムライスが好きだったなあ」

「……そう」

そして、食べ終わってまた海で遊んで、日が落ちる。海の見える高台で、私たちは話をしていた。Twitterのツイートのこと。昨日のニュースのこと。そんな他愛ない話。

私はその時間が楽しかった。

すると、

「私はここで死のうと思う」

と明日香は私に言う。明日香の目は本気だった。高台は、よじのぼれば飛び込めるくらいの高さの塀しかない。

明日香が海に身を投げるところが容易に想像できた。

「待ってよ、そんなのダメだよ」

私は、明日香の手を掴む。しかし明日香は私の手を払った。

「死ぬ気がないなら、近付かないで」

そして明日香は、海に身を投げる。その瞬間私は、明日香の手を掴んだ。
それが正解かはわからなかった。
何が正しいかなんてわからない。
もう、全部全部全部。わからないよ。
ただ、ただ、
明日香に生きてほしいと思った。
それだけだ。

フラッシュバックしたのは、電車の記憶。
とある少女と少女が、停車することのない電車に乗っている。
それは、私たちの前世の記憶だった。
私たちは地獄に落ちるはずだった。
しかし、目が覚めると生まれ変わっていた。
何で忘れてたいたんだろう。
私たちは、前世にも同じように出会ってそれで……。

貴方は私を想って泣いたんだ。
だから今度は一人で逝こうとするの?

私が生きたい理由はあなたがいるからだ。
あなたの笑顔があるから。

あなたは、死のうって決めて笑った。
私は生きようって叫んだ。
あなたの笑顔が本物じゃないことを知っていたから。

引き上げた彼女は、泣いていた。

「……ねぇ、命……私……」

「明日香……」