「……お母さんに会いたいな」

私がぼそっと言うと、彼女は私を睨んだ。

「あなた、大事な人がいるのに、その人を残してきたの?」

「え?」

「……信じられない」

私は、窓の外を見る。そこには、家族で過ごした楽しい日々が沢山あった。どれもが、幸せで満ちている。時に喧嘩をしてもすぐ仲直りして。「嫌い」なんて言葉を投げつけても見捨てないでくれた。そんな家族が。

「私は……」

頭が痛い。蹲る。

「ちょっと、大丈夫?!」

彼女がかけよる。私は、なんで、なんで、家族を置いてきたんだろう。あんなに大切な存在なのに。私のことを大切にしてくれたのに。見たくない。窓の外には、私が学校に行けなくなった日が映し出されていた。声が反芻する。

「……苦しいの!私の居場所はどこにもなくて!」

ぱちん、と乾いた音が響く。

「……!」

私は、目を見開いた。お母さんが私を叩いた。そして、浴びせた言葉。その瞬間に全てが真っ暗になる。それが最後だった。お母さんとの私の記憶。

「うええ…」

気持ちが悪くなる。私は、お母さんに喜んでもらうために勉強を頑張ってきた。優等生でいてきた。家族の恥にならないように、精一杯できることをしてきた。テストでは毎回100点をとって、みんながやらないのに掃除も毎日ちゃんとやって、授業では毎回発表して、友達ともトラブルが起きないように必死に取り繕って。苦しいのに、辛いのに、それを隠して笑って。

なのに、なんで。

なんでうまくいかないの。

苦しいの!
何もできないくらいに。
だって、誰も助けてくれなかったじゃん。
それを、私が悪いみたいに言わないでよ。

私をさすってくれている少女が、窓の外を見る。すると、電車の中が映し出されていた。
声がする。

「…なんで死にたいの?」

「なんとなく漠然と生きていたくないから」

「家族は大丈夫なの?」

「家族は……」

記憶が少し戻る。あの日私は、お母さんに言われたんだ。

「あんたなんか産まなきゃ良かった」

その言葉に絶望したんだ。それで、。
私は、窓の外を見る。

外に海が見える。

「海……」

海を見に行こうって約束したんだ。誰かと。誰だったっけ。
少女は、じっと窓を見ている。
そして何かに気付いたように私を見た。私は、私は。

「一緒に死のうか?」

その言葉が凛と響いた。それは救いのような言葉だった。
でも今思うと、呪いの言葉のようにも感じた。少女は泣き叫んでいた。

「私が、私があなたの未来を奪ったんだ」

そんなことないよ。大丈夫だよ。

二人は列車に揺られ続けていた。』