『私は、電車に揺られながら、目を覚ました。
景色は変わる。全てが懐かしい瞬間だった。
私はこの電車がもう止まることはないことに気付いている。
もう、元いた場所に戻れないことも。
そこに1人の少女が乗ってくる。この子ももう、帰ることは出来ないのだな、と思いながら私は話かける。

「あなたは、どうしてこの電車に乗ったの?」

「どこにも居場所がないから、苦しくて」

それから少女は少し首を捻る。

「乗る前の記憶はないみたい…。あなたは?」

「私は気がついたら乗っていた。記憶が無いの」

「そう」

「今がどこなのかもわからないんだ」

「ここがどこかなんて知ってもしかたないよ」

彼女は薄く笑う。

「降りることはできないんだから」

たしかにそうだ。

「でも、私はこの電車に乗れて良かったと思う。人間として生きる苦しみから開放されたから」

「……電車で餓死するまで生きて、死んだら地獄行きなのに?」

地獄。現世で悪さをした者が行くところ。やっぱりそうなのか。この電車に乗った時点で、天国には行けないんだ。でも、

「あなたがいるから、寂しくないもの」

彼女と私はどこかで会ったことがあるような気がした。彼女は諦めたように私から目を逸らし、窓の外を見る。

「あーあ、懐かしい風景。……お父さんとお母さん、私の事好きだったのかなあ」

彼女の思い出の中のほとんどの父と母は、彼女を痛めつける存在でしかない。「痛い」と泣く彼女を「煩い!」と叩く。そんな毎日。それでも、たしかに、入学式で、笑いかけてくれた瞬間があった。彼女を見つけて、手を振ってくれた瞬間が。