それから、服も乾いた頃に、おばちゃんにお礼を言って、海の家から出た。

紫亜は、鼻歌交じりでご機嫌な様子だ。

「これからどうするの?」

私が聞くと、ん〜と悩みながら

「海で死ぬのもいいよね、ののかはどう思う?」

と紫亜は振り返った。まだ、死ぬ気があるんだ。私はその事にちょっと驚いた。紫亜の決意は固いみたいだ。私は、

「海でどうやって死ぬの?」

と聞いた。

「飛び込んじゃお〜よ!」

と紫亜は軽く答える。

「溺死はかなり苦しいらしいからやだよ」

ネットで調べたことがある。溺死は、窒息状態が続くため非常に苦しい。そんなの絶対嫌だ。

「え〜、なかなかにロマンチックだと思ったのに。心中といえばじゃない?溺死」

「心中する気は無いけど…」

というかまだ死ぬ覚悟なんかできてない。紫亜はぷーと顔をふくらませると、

「じゃあちょっと地図見てみるね」

と、スマホを見始めた。私は、紫亜と一緒にいると辿り着くのはどう考えても死だということに気付いてしまった。それでも、逃げ帰ろうという気にはなれなかった。まだ、この旅を続けていたい。どうなるかは分からない。死ぬか生きるかも。でも、私は紫亜といたいと思った。

×××

「こっちのほうに、カフェがあるんだって〜」

しばらくスマホを見ていた紫亜がそう言って、指を指す。指の先には、森しかなかった。いやよく見ると、めっちゃわかりずらいバス停がある。

「……バスに乗ります」

「はい」

私はそう言った。道案内、紫亜に任せちゃってるし、もうどこでもいいや。

「カフェの中で、次どこに行くか決めようか」

そう言って紫亜はまたスマホと格闘しはじめた。そして、ふと、思い出したかのように聞く。

「どんな死に方が憧れ?」

そんなことを急に言われたものだから、私はずり落ちていたリュックを直そうとして落としてしまった。

「あああ、大丈夫?」

拾いながら私は

「うん。……どんな死に方って言われても……」

「溺死は嫌なんでしょ?なら何がいいのかなって。首吊り?」

「首吊り……」

考えただけで苦しそうだ。そういえば、私は死にたいとは考えたことがあるけど、死に方についてあまり考えたことがない。

苦しくない死に方がいいなんて思ってしまうのは逃げなんだろうか。

「紫亜は何がいいの?」

「私?私は別になんでもいいけど、ロマンチックな死に方がいいよね〜」

バスががたんと揺れ、私にもたれ掛かりながら紫亜はそう言う。

「好きな人と心中、とかが憧れなんだけどさ〜、まあ、ののかと死ねるなら、何でもいいかな」

「えぇ……だから心中じゃないってば」

「えぇぇ、違うの〜?私はこーんなにののかが好きなのに〜」

また紫亜はぷーと顔を膨らませる。可愛い。でも今日会ったばかりだよ、?私は話を戻す。

「できるだけ、苦しくないのがいいなあ」

「なら飛び降りは?一瞬だよ」

「……一瞬なら、後悔もしないだろうしいいかもね」

「後悔なんてしないよ」

晴れた顔で紫亜が言う。まぶしいくらいだ。バス停に着く。そこから少し歩くと、小さなカフェがあった。個人経営の可愛いお店。そこで、ケーキとオレンジジュースを頼む。毎年貯めた落とし玉のおかげでお金に困ることは無い。

「おいし〜、このケーキ、クリームが普通のより甘い!なんだろこれ」
「ほんとだ……シャリシャリしてる」
「甘いの好きだから嬉しい〜」

ほっぺを抑える紫亜に今度は私が聞いた。

「紫亜はさ、生まれ変わったら何になりたい?」

「えー」

もぐもぐとケーキを食べて美味しそうな顔をしながら紫亜は言う。

「人間にはなりたくないなあ」

私もそれには同意だった。

「……私は猫かな。田舎の家の猫とか」

「いいね、幸せそう」

「虐待とは無縁の家の猫に生まれたいな」

「……」

私はオレンジジュースを飲んで、

「私は鳥かなあ」

「鳥?!」

意外だったのか、紫亜が少しびっくりした顔をした。

「いつもね、教室の窓から見てたの。池の鴨を。あーなんか幸せそうだなあって。あんな感じで水遊びずっとしてたい」

「あはは、いいね。確かに、カモいいかもね」

「だじゃれ?」

「ちがうよ?!」

紫亜がむきになる。私は笑う。……鴨になれたら、人間とは無縁に、毎日水の中で優雅に暮らせるのかな。私は、人間の関係とか、優劣とかそんなのをとっぱらっちゃいたいのかもしれない。のくせに、褒められたらいい気になるし、ほんとどうかしてる。やっぱ早く生まれ変わって鴨になるしかない。
なってしまえば、もうしょうがないんだし。