【短】青い空に出会うまで

 男だっていうのがギリギリ分かる程度の声だけど、コウメイは振り返って眉を顰めると、オレの手を掴んだ。


「さっさと出るぞ」

「あ、あぁ……っ」


 咄嗟に返事をしてから、でも、どこに行くんだ? と頭に過る。
 父ちゃんが死んじゃったら、オレに帰る場所はない。

 それに、ただ家に帰ったって、また国に連れて行かれるだけだ。

 俯く視線を気にせずに、コウメイはオレの手を取ったまま走る。
 オレもつられて走りながら、廊下の惨状からも目を逸らすように、ギュッと目を瞑った。


「ミク……っ。古代語で、お前の名前をなんて書くか、知ってるかっ?」

「は……? そんなの、知らねーし……」

「“美空”……っ、美しい空って意味らしいっ」


 美しい、空。


「マモルは、ミクを綺麗な空の下で生かしてやりたいって言ってたっ」


 顔を上げると、出口が近づいていた。
 開きっ放しの扉から、光が差し込んでいる。

 ドク、ドク、と鼓動が聞こえてくる。


「どこにも閉じ込めたりなんかしないで、自由にっ」

「自由、に……」


 それはここ10年間、縁のなかった言葉だ。


「マモルの悲願は、俺が叶えるっ。これから先、ミクは俺が守るっ」

「……!」

「だから……っ」


 風が吹き抜ける。
 新鮮な匂いが、体を軽くする。


「ミクは、何一つ心配しないで、この大空を眺めてろっ!」


 白一色の壁から、床から、天井から、抜け出た。
 柔らかい風が全身を包み込む。

 コウメイがオレの手を離して、振り返りながら横にずれた。


 目の前に、青い空が広がる。
 それが視界に飛び込んできた瞬間、胸がスッとした。

 心が洗われるような大空。
 両手を広げても足りないくらい広くて、平面なんかに収まらないくらい深くて、遠く遠く、遥か彼方にあって……。

 でも、手を伸ばしたら、届きそうで。

 真っ白な雲とのコントラストが、ハッとするほど鮮やかで、涙が一筋こぼれた。 空って、こんなに綺麗だったっけ……。


「……どうだ。本物の空は、いいだろ。これからはずっとこの空の下で暮らしていくんだ」

「……ふ、ふんっ」