Side:柿原(かきはら)恭介(きょうすけ)


「お兄ちゃん、あっち! あっちも行こう!」

「分かった分かった! ったく、そんなに急がなくても充分回れるって」

「そうだけどー。でも、お買い物なんて久しぶりなんだもん!」


 人の多いショッピングセンターの中で、俺は妹とそんな話をする。
 多分、どこでも聞くようなありふれた会話。
 でも、俺達にとっては特別な会話。


 だって、うちの妹はつい最近までひきこもってたんだから。


「あ、向こうに着物屋さんがあるよ! ね、寄っていこう?」

「いいけど……着物なんて着るのかぁ?」

「うーん……分かんない。でも、興味出たんだ!」

「ふーん? じゃあ行くか」


 休日に家族とショッピング、なんて当たり前なことができるようになったのは、同じ大学に通ってる奏瀬(かなせ)っていう超絶美人のおかげ。
 あ、美人っつったら多分怒るんだけど。

 礼儀正しくて文武両道、だけどすっげー冷たくて人を寄せ付けない奏瀬は、“引き受け屋”っていうちょっと胡散臭い商売をしてる。
 謳い文句は、人の“想い”を引き受け、昇華する、とかなんとか。

 最初は“想い”を引き受けて昇華するってなんだよ、って思うけど、依頼を受けてもらったらどういうことか馬鹿でも分かる。
 俺がそうだからな。


 今では、奏瀬に感謝しかない。
 1人で苦しんでる真奈美(まなみ)を助けてくれて、しかも、真奈美が何に苦しんでたのか話してくれるようになったんだから。

 いじめの話を聞いた時、俺はめちゃくちゃムカついた。そんなことする相手にも、全く気付けなかった自分にも。
 お袋も親父も俺と同じ気持ちで、いじめを警察に訴えて(盗撮とかしてたのが効いたらしい)今は転校の手続きとか、色々してるとこ。


 昇華の儀式ってやつをした後、家族全員で真奈美が外に出れるのか見守ったんだけど、真奈美はあっさり玄関から出て、「えへへ、もう大丈夫だよ!」なんて無邪気に笑ったんだ。
 拍子抜けしたけど、あれ以来本当に真奈美は外を怖がらなくなった。
 当たり前に家を出て、当たり前に帰ってくる。そんなことが、めちゃくちゃ嬉しくて。


「色々あんなー。お、これとか可愛いんじゃね?」

「本当? 似合う?」

「似合う似合う。……でも、やっぱ高ぇなー……」

「んー……私、バイトしよっかな」

「え、なんで? そんなにこれ欲しいの?」

「だって……奏瀬さんの着物、かっこよかったし」

「……は? 奏瀬?」


 真奈美の口から、思わぬ名前が出てきて、ぽかんと固まる。
 恐ろしいことに、真奈美は顔を赤くして、ちょっと恥ずかしそうに続けた。


「私、奏瀬さんに感謝してるの。でも、それだけじゃなくて……あの時感じた“想い”、凄く温かかった。儀式のためだって分かってるけど、あんな風に泣いてもらえたのも嬉しくて……」

「ちょ……ちょっと待て。真奈美、まさか奏瀬に惚れたとか……」

「!! …………う、うん。そう……みたい」

「なっ……!? なんだとーーっ!?!?」


 可愛い妹が、あろうことか俺が紹介した奴に惚れるなんて。

 ぜってー許さねぇぞ、奏瀬ぇぇええ!!!!



[終]