僕の最初で最後……になるかはまだ分からないが、始めての“引き受け屋”としての仕事。
柿原の家を尋ね、真奈美さんと充分に話した僕は、いよいよ儀式の時間だと気を引き締めた。
真奈美さんを連れ、彼女の“想い”に深く関わる手紙を持って1階に降りると、皆が揃ってこちらに振り向く。
「あ、奏瀬に真奈美。話は終わったのか?」
「あぁ」
一番に声をかけてきた柿原に短く答え、兄上へ目配せをする。
小さく頷いて了解を示した兄上は、席を立ちソファの周辺にいる柿原とその母君の注意を引いた。
「それでは、儀式に移りたいと思います。奥様、先ほどお話しした通り和室をお借りしてもよろしいでしょうか」
「えぇ、どうぞ」
「ありがとうございます。皆様もご一緒に」
兄上も僕と同じく、ここで母君に“引き受け屋”や儀式についての説明と、加えて料金の話をしていたはずだが、その時に儀式に使う部屋も決めていたらしい。
兄上の声かけで一同がリビングに接した和室に移動し、僕と真奈美さんが部屋の中央に向かい合って座る。
柿原と母君は左側の襖近くに、兄上は右側の襖近くに座り、それぞれ縁者の傍に控える形となった。
例の手紙は紐を借りて縛り、真奈美さんの近く(家族からは見えないよう)に置いてもらっている。
僕は途中で移動するから、最初から真奈美さんの近くにあった方がやりやすいのだ。
「儀式中の発言は控えていただくよう、お願い申し上げます」
皆が落ち着くと、兄上が最後にそう言って口を閉ざす。
後は、僕の番だ。
誰の、と言えば全員のだろう。緊張した空気を肌で感じ取って、僕は深呼吸した。
目を伏せて、儀式に向け心を静める。 波立った水面が凪ぐように、自分の心が落ち着いたのを感じると、僕は顔を上げて口を開いた。
「これより、昇華の儀式を始めます。私、奏瀬都は、柿原真奈美様の“恐怖”をお引き受けし、昇華致します」
兄上に叩き込まれた儀式の前口上。
本来は依頼された通り、“外への恐怖”と宣言するべきなのだが、真奈美さんの恐怖の矛先は“外”ではないので、省略した。
目の前には真奈美さん。彼女の後ろには、母君と柿原が並んで座っている。
真奈美さんには、僕と後ろに座る兄上が見えているだろう。
「それでは、“想い”をお引き受け致しやすい位置へ移動させていただきます」
断りを入れ、手をついて前方に移動する。
柿原宅の和室は6畳間だったので、1畳の端々に座る僕と真奈美さんの間には、立って移動するほどの距離がない。