一瞬、何かを堪えるように唇を引き結んだ真奈美さんは、満面の笑みを浮かべた。
 これは僕の勝手な願いで、僕が勝手に抱いた情だ。
 それでも、僕が救うと決意した相手だから、幸せになってくれたらいいと願う。


「……俺も、絶対力になるから。頼ってくれよ、兄ちゃんに」

「うん……ありがとう、お兄ちゃん」


 笑顔の真奈美さんと、いつもとは違う、兄の顔をした柿原(かきはら)を眺めて、ふと意識を戻す。
 これで必要な話は終わった。
 真奈美さんも僕に慣れた頃だろうし、そろそろ彼女が抱く“恐怖”の背景を聞き出さなければ。


「それじゃあ、柿原は兄上に“必要な説明が終わった”と伝えに行ってくれ」

「おう、いいけど。奏瀬は?」

「僕は少し、真奈美さんと話すことがある。当事者以外には他言無用な儀式にまつわる話だ」

「あー、分かった。じゃあ先、下行ってるな」


 少しは渋るかと思ったが、意外と物分かりがいい。
 僕は部屋から出る柿原を見送って、その足音が遠ざかっていくのを聞きながら、真奈美さんに向き直った。


「それでは、真奈美さん。あなたが手放したいと思う“想い”について、教えていただけますか?」

「え……?」


 ぽかんと口を開く真奈美さんに、少しの変化も見逃さないよう視線を注ぐ。
 誰だって、忘れたいと思う“想い”は人に話したくないものだ。

 思い出すことすら躊躇われる。あるいは、人に弱みや自分の醜い部分を見せたくない。
 思いはどうあれ、“想い”の背景を聞き出すこの時間が、“引き受け屋”にとって一番の難関だと兄上は仰っていた。


 依頼人、または依頼の当事者は、“想い”の背景を隠す。
 しかし、“引き受け屋”は正しく理解していなければ、その“想い”を自分のものにすることができない。

 ……さて。真奈美さんは、容易に口を開いてくれるだろうか。