「……あ、見てません! 何も見てませんから!!」


 依頼の当事者である真奈美(まなみ)さんはぼーっとしていたようだが、僕と目が合うと両手で顔を覆って背中を向けてしまった。
 一瞬見えた隠す前の顔が、何故か赤くなっていたような気がしたのだが、見間違いだろうか……?


「ま、真奈美? そんなに勢いよく顔逸らさなくても……そりゃあ、男2人がおでこ合わせてんのなんて、見苦しいだろうけどさぁ……ちょっと傷つくぞ」

「え、あ、違うの! 奏瀬(かなせ)さん綺麗だから、見ちゃいけないもの見てる気がして……!」

「あ、バカ、それは禁句……っ!?」


 兄妹揃って慌てている様子を見ながら、2人は何を言っているのだろうと、眉を顰める。
 とりあえず、今は真奈美さんに儀式の説明をして、他にも色々と話さなければいけないことがあるのだ。
 脇道に逸れている時間なんてなかった。


「失礼致しました。儀式のお話に戻りますね」

「あ、あれ……?」

「は、はい! え、えっと、でもあの、私にもお兄ちゃんみたいに話してもらえませんか……? お兄ちゃんから奏瀬さんのお話は聞いてたし、年上の人に丁寧な言葉遣いをされるのも緊張しちゃって……」


 恐る恐る申し出た真奈美さんは、少し恥ずかしそうに笑っている。
 柿原(かきはら)が喋った僕の話というのも気に掛かるが……こんな言い方をされては断るのも忍びない。
 僕は最低限のラインを考えて、折衷案で応えることにした。


「分かりました。柿原のように、というのは失礼になってしまうので、なるべく砕けてお話させていただきますね」

「よろしくお願いします」

「俺には失礼な態度だって自覚あるんだ……」

「あまり邪魔をするようなら退室していただきたいのですが?」

「は、はい、静かにしてます……」


 また棘が出てしまった。
 これでは柿原にペースを崩されてしまう、と溜息を堪えていると、真奈美さんがクスクスと笑っていることに気付く。
 彼女が不快な思いをしていないのならいいのだが、柿原を交えての話はなるべく早く終わらせた方が、僕の精神的にもよさそうだ。


「先程は柿原(かきはら)の申し出を受けて、引き受けた“想い”を本人に返す、ということをしましたが、あれは本来行わないことです。しかし、柿原にしたように、額を重ね合わせるという行為は、儀式でも行います」

「えっ? じゃあ、真奈美(まなみ)奏瀬(かなせ)が?」

「そうだ。……奏瀬の者は、体の一部に触れることで他者の“想い”を感じ取ります。手足など、体の末端に近いほど感じ取れる“想い”は薄く、額や頭など、脳に近いほどそれは濃くなります」

「だから、額を?」

「えぇ。儀式ではより確実性を高めるために、最も“想い”を感じ取りやすく、そして引き受けやすい額と額での接触を主としているのです」


 逆に言えば、儀式以外で奏瀬の者がむやみに他者の額や頭を触ったり、額を重ね合わせたりすることはない。
 身内同士では、接触すれば“想い”が感じ取れるのは当たり前なので、あまり気にしなかったりもするが。