“引き受け屋”奏瀬は、人の“想い”を引き受け昇華する。
奏瀬の異能を濃く受け継いだ本家次男の僕は、幼少の頃に昇華の儀式の修行を済ませ、けれど同じく子供の頃のトラウマから家に反発していた。
僕の兄、透の“想い”を誤って昇華してしまってから7年。
同大学に通う男の“想い”に心を動かされて、僕は再び奏瀬の異能と向き合うことを決めた。
「いよいよ今日ですね。母は応援していますよ。頑張ってください、都さん」
「はい。ありがとうございます、母上」
妹を助けたいと願う柿原の依頼を受けることになってから、僕はワンルームのマンションに帰らず、奏瀬の本家に泊まっていた。
子供の頃に修行を済ませているとはいえ、ずっと異能を避けてきた僕は改めて勘を取り戻す必要がある。
そういったわけで、アルバイトに通いつつ、兄上に協力していただいて空き時間に簡単な修行をしていたのだ。
「準備は良いな。柿原氏の家に向かうぞ」
「問題ありません。行きましょう」
今日は遂に儀式を行う日。
いつも着物姿の母上ほどではないが、私服が着物の兄上にしては珍しい洋服姿で、共に裏口へと向かう。
洋服と言っても兄上の服装はきっちりしている。灰色のズボンに、白のシャツ、紺色のジャケット、という具合に。
僕も通勤用の洋服を家から持ってきているが、ボーダーのシャツに黒のズボンという、少しラフな格好だ。
まぁ、道中目立つからという理由で洋服を着ているので、後で僕の家を経由して着物に着替えることとなるのだが。
「行ってらっしゃい、都さん、透さん」
「「行って参ります」」
母上に見送られて、僕と兄上は屋敷を出た。
兄上と共に外を歩く機会というのは滅多にないから、新鮮な気分だ。
まずはバスと電車を乗り継いで、兄上を僕の自宅に案内する。
とにかく安い物件を探して今の家を借りることになったのだが、当時僕がワンルームの狭さに驚愕したように、兄上も家に上がると微妙な顔をしていた。
人間なんにでも慣れるが、僕も本家の広さを思い出すと、よくワンルームで今まで生活できていたなと思うので、兄上の気持ちはよく分かる。
着替えを詰めてきたバックをフローリングに置いて、準礼装にあたる紋付きの羽織と袴、そして着物を取り出す。
余裕を持って本家を出たので、着替えの時間は充分にあるが、僕も兄上も手早く着替えて身だしなみを整えた。
柿原の家を訪ねるのに必要のない物は僕の家に置いていき、帰りにまた家へ寄って荷物を回収することになる。
支度が済んだ僕たちは、先週電話をかけた時に聞いた柿原の自宅住所を確認しながら、家を出て住宅街の方へと歩いて向かった。