『そうか。それで、都はどうするんだ?』

『……明日、あやまろうと思います。ひどいことを言って、傷つけたから……。……でも、あやまりたくない気持ちもあって……』


 今となっては、誰とどんなことで喧嘩していたのか、思い出すこともできない。
 ただ、兄上が僕と一緒になって庭に座り込んだことは覚えている。

 そして……。


『ムカムカするこの“想い”を消してしまったら、すなおにあやまれるでしょうか』

『ちゃんとした理由があって都が怒ったなら、“想い”を昇華したところでまた同じ“想い”を抱くことになるぞ。それに、邪魔だと思う“想い”でも、奏瀬(かなせ)の人間は簡単に昇華してはいけない』

『でも……悪いことをしたら、あやまらないと』

『あぁ、そうだな。だから……強くなれ、都。ムカムカする“想い”から逃げずに、ちゃんと向き合うんだ。奏瀬の力を持つ者、涙を流すべからず。どんなことがあっても、泣いてはいけないぞ、都』 凛として笑う兄上はとてもかっこよくて、僕はいつも、兄上のようになりたいと大きな背中を見つめていた。


 胸に深く刻まれた教えは、今まで僕の涙を留めて、自らの“想い”から逃れることを許さなかった。
 “想い”を昇華する力を持つからこそ、僕たち奏瀬は自らの“想い”を昇華してはいけない。
 それがどんな“想い”であっても、奏瀬は悩み、苦しみ、自らの“想い”に折り合いをつけて、進んでいかなければならない。

 いつの間にか、瞑っていた目を開く。

 今もまだ胸に残っている、大切な教え。
 兄上の言葉で、僕はそれを改めて思い出した。


「強く……」


 小さく呟いて、唇を引き結ぶ。

 兄上を尊敬する想いは、今も消えていない。
 昔から憧れていたあの人のように、僕はなれているだろうか?
 自問の答えは、考えるまでもない。


 ――強く、ならなければ。