“引き受け屋”一族、奏瀬(かなせ)の本家を訪ねた僕は、そこで柿原(かきはら)の妹が根強い“想い”を抱えている――昇華の儀式が困難である――ことを知った。
 父上や兄上であれば、類を見ない柿原の妹の“想い”もなんとか昇華することはできるであろうが、その場合代金は一般人が払えないほど吊り上がる。

 事態は、僕が「依頼を受けてやってください」と頼み込んでどうにかなるほど簡単ではなかった。


「大金を払えない柿原氏にとっても、深い“想い”を抱えている真奈美(まなみ)嬢にとっても、儀式が困難である我々にとっても、最善となるのは奏瀬の力に恵まれた(みやこ)が儀式を行うことだ」

「……」


 兄上のお言葉に、僕自身も納得してしまう。
 それほど、筋が通った考えだった。


「我々にとっては未熟な次期当主を教育する良い機会となるし、都の修行であればこちらが代金を頂くことはない。金銭面の負担が無くなれば柿原氏は“引き受け屋”に依頼することが可能だろう。そして、真奈美嬢は負担を減らした上でより確実に“想い”を昇華できる」


 僕の予想通り、兄上は柿原との面談で、よりよい方法を思案していたようだ。

 今となっては、“兄上が僕を嫌っているから”などという理由で、柿原が依頼を断られたと考えていたことが恥ずかしい。
 けれど、どんなに兄上の選択が正しいとしても、やはり僕には儀式など行えない。

 もしも、あの時のように大切な“想い”を奪ってしまったら?

 一度消し去ってしまった“想い”は、二度と取り戻すことができない。

 人は沢山の“想い”を抱えて生きるもの。
 それがどんな想いであっても、勝手に人の“想い”を奪うことは許されないのだ。


「……僕には、」

「できないとは言わせぬぞ。お前がやらなければ、真奈美嬢はこの先も強い“想い”に苦しむことになる。“引き受け屋”は正当な理由無く代金を免除することはない。柿原氏も、妹を助けることができない無念に駆られるだろう」

「っ……!」


 以前、不注意で感じ取ってしまった柿原の“想い”が胸に蘇る。
 あの時も、あいつは苦しんでいた。
 大切に想っている家族を救えず、何もできない自分が悔しくて、少しでも希望があるなら縋りたいと、そのように想って。

 僕が依頼を引き受けなかったら、柿原は希望を失い、さらに苦しむのだろう。
 彼の妹も、声に乗るほど強烈な“想い”を1人で抱えて、どうにもできずに苦しみ続けるのだろうか。

 僕は、柿原の無念を、妹への深い愛情を知りながら、彼を……彼らを、見捨てるのか――……?


「……っ、考えさせて、ください……」


 絞り出した声は、震えていた。
 これが、今の僕にできる精一杯だ。

 人の想いを天秤にかけながら、すぐに頷くことができない自分が情けない。


「……母上、以上です。お手間を取らせました。今日は夕飯の支度をするのでしょう? もうお戻りいただいて結構です」

「そうですか、分かりました。(みやこ)さん、よく頑張りましたね。(とおる)さんも、喧嘩にならないよう工夫してえらいわ」

「……ありがとうございます」

「それでは、母は行きますね。夕飯ができるまで、仲良く待っているんですよ」

「はい」