軒先に吊された風鈴がちりんちりんと鳴る。
音に涼しさを感じるというのは改めて考えると不思議なものだが、電子機器が発達した現代でも、風情という形の無いものに心動かされる人間は少なくない。
「すみませーん、注文いいですかー?」
「はい、只今お伺い致します」
空調の効いた店内は外の蒸し暑さなど忘れるほどに涼しい。
それでも、動き続けていれば少なからず汗はかくもので、背中がじんわりと湿っていることを感じながら僕は注文を取りにテーブルへ向かった。
ここは甘味処、なのか堂。
僕が始めてアルバイトを経験したお店であり、今も主な収入源のひとつとしてお世話になっているところである。
「お待たせ致しました」
「えーっと、あんみつと葛切りをひとつずつお願いします」
「あんみつと葛切りをおひとつずつですね。かしこまりました」
初めては何事も不安で恐ろしいものだが、一歩踏み出してしまえばどうということはない。
給仕の仕事にもすっかり慣れて、最近は夏休み期間に入ったからか学生客が増えたなと考える余裕もできた。
なのか堂は駅から徒歩5分の場所にあるが、裏通りに位置しているため意外と周辺は静かだ。
僕がこの店をアルバイト先に選んだのは、洋風ばかりの都会に疲れていた頃、外装から内装まで和風(和モダンと言うらしいが)を貫いているなのか堂に惚れ込んだからだ。
統一された制服ではないが、従業員の服装も着物というこだわりっぷり。
店主は気の良い壮年男性だし、僕にとってここ以上に働きやすい場所はない。
「都君、ちょっと早いけど休憩いいよ」
「分かりました」
注文された品を運び終わってカウンターに戻ると、店主から声を掛けられて裏に移動した。
ひとつの区切りであった大学の前期試験も無事に終わって、僕は今夏休みに突入している。
ここが稼ぎ時とばかりにアルバイトのシフトも沢山入れたので、ほとんどが仕事の日々だ。
試験前のいざこざが嘘のように平穏な毎日なので忘れかけてしまうこともあるが、母上との約束はきちんと覚えている。
色々と考えて代替案はいくつか用意したのだが、実はまだ母上と話をしていなくて、交渉は先送りになっていた。
待つばかりではなく、そろそろ僕の方から電話を差し上げなければいけないと思うのだが、なかなかタイミングが掴めず……。
今日明日あたり、と考えていたところだ。
「連絡を取るだけなら電子メールだけでも良いのだがな……母上は携帯電話をお持ちではないし」
従業員用の部屋で前掛けを外して畳むと、荷物置きの棚からスマートフォンを取り出した。
家を出てアルバイトを始めてから、こういった習慣もついて、僕自身変わったことが多いなと思う。