「せっかく身近に詳しい奴がいるんだから、そりゃ頼るでしょ。親の説得ついでに、真奈美(まなみ)に会って“引き受け屋”でどうにかなりそうか見てくれよ」

「聞こえなかったのか? 僕を巻き込むな。そういうことは“引き受け屋”の人間に頼め」

「だって奏瀬も力使えるんだろ?」

「……言っただろう。人の“想い”に干渉するためには修行が必要なんだ。それは僕の管轄ではない」

「なんだ、そこはできないのか。心は読めるのになー」


 失礼な奴だ。
 心が読めるというのも微妙に間違っているし。
 いちいち訂正していたら面倒だから突っ込まないが。

 この調子では、ずるずると柿原のペースに巻き込まれそうだ。
 僕には他に考えなければならないことが沢山あるのに、この男の面倒まで見ていられない。
 いくつかの質問には答えたし、さっさと食事を終わらせてこの場を去るか。


「あ、待て待て! 急に黙って食い始めて、そのまま逃げる気だろ!」

「分かっているなら、必要なことだけ口にしろ。言っておくが、柿原の家には行かないからな」

「はいはい、今日は諦める。んじゃさ、大事なこと聞いていい? “想い”を昇華した後って、どうなんの?」


 適当に答えるつもりだったが、思いのほかまともな質問が来て横目に柿原を見る。
 もぐもぐと昼食を食べ進め、残り一口二口になると、最後の質問に答えた。


「抱いていた“想い”が消える。影も形もなく。ただ、それだけだ」

「危ないことはねぇよな?」

「危険があれば商売になどしない。安心しろ。……忘れたい“想い”を忘れられる。幸せなことだろう?」


 正しく使えば。
 そんな言葉は、食事と共に飲み込む。


「ご馳走様でした」


 箸を置き、手を合わせて小さく呟く。
 柿原は何か言いたげな様だったが、僕は無視して立ち上がった。


「……ありがとう、奏瀬(かなせ)

「あぁ。もう、僕に関わるなよ」


 一度口を噤み、発する言葉を変えた柿原に賢明な判断だと感心する。
 引くべきところは弁えているらしい。

 僕はトレーを持って、人の間を縫い、返却口に向かった。
 食事を後回しにしていた柿原は、もちろん着いてこない。


 今日は話し込んでしまったから、いつもより食堂を出る時間が遅くなった。
 昼食の後は教室でレポートなどを済ませてしまうのだが、今日は家に持ち帰ることになりそうだ。

 幅の広い廊下を歩きながら、そのようなことを考えて絶えず頭を使う。


奏瀬(かなせ)君」

「はい。……あぁ、先生。どうされました?」


 後ろから呼び止められて振り向くと、そこには老年の教授がいた。
 穏やかで物腰の柔らかい、生徒にも人気の先生だ。

 教授は目尻に皺を刻んで微笑み、少し嗄れた声で用件を話す。


「ちょっと手伝って欲しいことがあってね。力仕事になるのだが、どうだろう? もちろん、お礼にお菓子もあるよ」