目を覆って、男の手を払いのける。
 感化された心臓がドクドクと脈打ち、あの日の記憶が脳裏に蘇った。

 ダメだ、乱されるな、落ち着け、落ち着け――……!

 固く瞑った目とは反対に、開いた口から浅い呼吸が漏れる。
 耳には、僕の大声で注意を引かれた者達のざわめきが入った。


「お、おい奏瀬……」

「……知りたいのなら、教えてやる。だから、二度と僕に触るんじゃない」


 まずは呼吸を、それから心を落ち着かせて、目を覆った手を離す。
 こんなことをしなくても、あれくらいの接触で間違いを犯すことはないのに。
 どれだけあの日のことを恐れているんだ、僕は。

 共同の施設で大声を出したことを詫びようと、周囲に目を向けると皆が目を逸らした。


「……」


 謝罪の言葉より、僕がこの場から消える方が良さそうだ。
 そう考えてトレーを持つ。

 どこか、隅の方に席を移ろう。


「あ、待てよ! どこ行くんだ?」

「周りに迷惑がかからない場所だ。僕と話がしたいのなら、お前も食事を持って付いてこい」

「! 分かった」


 広い食堂の中を歩いて、端の方に移動する。
 今は昼食時だから空席が目立つエリアというのはないが、2人分の席を確保するくらいはできそうだ。

 先程は動揺していたとは言え、一度口にしたことは守らねばなるまい。
 それにこの男、僕が喋るまで執拗につけ回す気らしい。
 面倒を避けるなら、男を無視するよりさっさと質問に答えて縁を切った方がよさそうだ。


「ここならいいだろう。いいか、お前に付き合うのは僕が食事を終えるまでだ。必要な質問だけをしろ」


 新しい席に腰を下ろして、男に忠告する。
 隣に座った男は、自分の食事などそっちのけで僕に体を向けた。


「それじゃあ、さっきのはなんだ?」

「それはお前の妹に……」


 関係があるのか、と言いかけて、考え直す。
 この男の場合、はっきり言ってしまった方がよいのではないか?


「……そうだな。僕は触れた人間の“想い”を感じ取ることができる。信じるかどうかはお前の自由だが、“想い”を奪われたくなかったら僕には触らないことだ」

「マジか! それって“引き受け屋”に関係あるんだよな!?」

「おい、近付くな! 確かにこれは奏瀬(かなせ)の力に由来するものだが……」

「すげーな! じゃあ、俺が考えてることとかも分かるのか? 急に答えてくれる気になったのもそれが理由?」


 普通の人間は「あなたの“想い”が感じ取れる」と言ったら警戒して身を引くものだが、この男はそれを知っても僕に近付けるらしい。
 僕が知っている中で、こんな楽天的な人間はこの男と母上くらいだ。