人の“想い”を引き受け、当人に代わって昇華する一族、“引き受け屋”。
その実態は、他者に触れることで“想い”を奪い、涙に変えることで“想い”を昇華――……つまり、消し去るという奏瀬の異能を使った商売である。
”引き受け屋”に仕事を依頼するには、主に2つの方法がある。
1つは、奏瀬の縁者、または、“引き受け屋”を利用した客から紹介を受け、直接奏瀬の屋敷を尋ねる方法。
もう1つは、インターネット上で合い言葉を検索し、“引き受け屋”のホームページにアクセスして予約する方法だ。
どちらの方法を使うにせよ、“引き受け屋”にコンタクトを取るには縁者からの紹介が必要不可欠となる。
そして、先日。
僕は同じ大学に通う見知らぬ男に、“引き受け屋”のホームページに辿り着くための合い言葉を教えた。
“引き受け屋”を生業とする奏瀬一族、本家本元の次男である僕、都は既に家を出た身。
“想い”の昇華は父上や兄上に任せておけば何も心配はいらない、と男のことは早々に忘れていたのだが……。
どうして面倒ごとというのは、こうも重なるものなのだろう。
「なぁ、お前“奏瀬”って言うんだよな。“引き受け屋”と関係あんのか?」
「馴れ馴れしく話しかけるな。必要なことはもう教えただろう」
「だって信じらんないだろ! お前も“引き受け屋”なら、話を聞きたいんだ」
大学の食堂であの時の男に見つかったのは、運がなかった。
バッサリと切り捨てても鬱陶しく付きまとうこの男のせいで、ゆっくり食事を摂ることもできない。
幸い、食堂内は人が多く、不特定多数の話し声で賑わっているが、このようなところで話していては、誰に聞かれるかも分からない。
僕は溜息をついて、隣の席に陣取る男を睨みつけた。
「いいか、軽率にその名前を口にするな。奏瀬はそう安々と仕事をしない。それと、僕は家業に携わっていない。聞きたいことがあるなら直接仕事を請け負っている者に聞くんだな」
「分かった分かった、もう言わない。けどさ、本当に“想い”を昇華してくれんのか? うちの妹、外出れないんだけど出張とかやってる?」
「……聞いていなかったのか? 僕に聞くなと言っているんだ」「いいじゃんいいじゃん、奏瀬も知ってるんだろ? 人の“想い”をどうやって弄るんだ? 危ねぇことじゃないよな?」
「はぁ……」
この手の人間は嫌いだ。
人の話を聞かずに、自分の都合ばかり押し付けてくる。
浮ついた見た目通りの、迷惑な男じゃないか。
こんなことなら、合い言葉なんぞ教えるんじゃなかった。
「なぁ、頼むよ!」
「! やめっ――」
隣の男が行儀悪く、身を乗り出して僕の肩に手を伸ばす。
体を捻ってその手から逃れようとしたが、気付くのが数瞬遅かったせいで、男の手は僕の肩に触れた。
その瞬間、僕のものではない“想い”が、津波のように僕の中へ入り込んできた。
“信じられない”、“信じたい”、“助けたい”、“本当なのか?”、“奏瀬なら”、……。
「――ッ、くそっ……!」
「奏瀬!」
「うるさい!!」