穏やかに紡がれた言葉に、息を飲んだ。
 確かにここには、そういった境遇の人達もいるだろう。
 入院した全ての人が、元気に退院できるわけではないと、分かっていた。

 だが――……と、静の顔を見る。


「これからさらに、体が弱っていって、起き上がれなくなるんだとか。不思議ですね。それでも、死ぬその時まで生きたいと思うから」

「……そうか」

「今はね、1秒一瞬が愛おしいんです。人との繋がりも、大切にしたくて」


 儚い輪郭を描いていた手に、力がこもった。
 静はまだまだ、話し続ける。


「もっと体が元気な時は、沢山、やりたかったことをやりました。周りの人達も振り回して、迷惑をかけて」「……」

「ふふ、生きてるっていいですよね。楽しかったなぁって、しみじみ思います」


 私が絵を描いている間、静は話し続けた。
 私はたまに相槌を打って、静の話を聞き続けた。
 静の内心を聞くほどに、絵が華やかになっていく。
 それは描いているというより、写し取っていると言った方がしっくりくるような感覚で。

 描きあがった絵を見た時、私は、ふ、と笑みをこぼした。
 力強く、生き生きとした絵だ。中心からエネルギーが溢れ出して、外側は繊細になっていく。
 目の前の儚げな静とはかけ離れている絵。でも、何よりもそっくりな絵。そう、思った。


「描けたぞ」

「あら。……まあ、これがあたし? ふふっ、そう……凛さんには、こんな風に見えたんですね……」


 絵を見せると、静は嬉しそうに笑う。
 A4の紙を受け取って、じっくり隅々まで眺めると、大切そうに抱いた。


「気に入ってもらえたか?」

「はい、とても。あたしの宝物にします」

「そうか。よかった」


 私は笑って、立ち上がった。
 いつものタッチとは違う絵。筆が進むまま、伸び伸びと描いた絵。それのおかげで、ピンとくるものがあった。


「もう行かれるんですか?」

「あぁ。やりたいことを見つけたんだ。絵を描きたくて、描きたくて仕方ない」

「まあ……ふふ、それでは、行ってらっしゃい。また会えますように」


 穏やかに微笑む静に頷いて、「また顔を出す」と返事をした。

 病院を出た私は、真っ直ぐ家に帰って、画材をあるだけ出した。
 それからは、心の赴くまま、筆が進むまま絵を描いて、描いて、描いて。

 SNSを通じて拡散すれば、仕事はすぐに持ち込まれた。
 そう、私は画家になったのだ。
 子供にイラストを届けるという夢も、諦めたわけじゃない。
 私はあれからも病院に通い続けて、ボランティアという形で子供達の、そして入院患者達の似顔絵を描き続けた。 静が息を引き取ったのは、私の名が広まり始めた頃だ。
 私は最後に見た静の、生き生きした顔を描いて、墓に供えた。

 私の人生を変えてくれた、短い付き合いの友へ。
 そちらの世界で、幸あらんことを。
 私はきっと、これからも貴方の絵を描き続けるだろう――。




fin.