私はコンビを組んで、絵本を描いていた。
 そう、“描いていた”との文字通り、私はイラスト担当だ。

 ただ、コンビを組んで4年になる相方――つまり、文章担当――は、私の描く絵が自分の足を引っ張っていると思ったらしい。
 つい先日、コンビの解消を切り出された。


「ふー……さて、どうしたものかな」


 肺に入れた煙を吐き出して、私はベランダの柵に肘をついた。

 ここはマンションの4階。
 特段、高くも低くもないこの場所から飛び降りたら、私は果たして死ぬのだろうか。
 そんなことを考えて、軽く頭に過ぎる内容ではなかったなと、1人苦笑いをこぼす。 私はこの通りの暗い女だ。
 描き手の個性が出ると言われるイラストも、確かに絵本に似つかわしいものではない。

 それでも、絵本作家という道を選んだのは、私なりの理由があったのだが。


「……こんな時は、あそこに行くか」


 煙草の先が灰に変わっていくのも見ずに、ぽつりと呟く。
 私がイラストを届けたいと思う人達がいる場所。いいや、そう思うきっかけになったあの場所へ。

 煙草の火を消して、殺風景ながら散らかった家の中に戻る。
 適当な上着を羽織って向かったのは、近くの大きな病院だ。


「あ、(りん)姉ちゃんだ!また元気もらいに来たのー?」

「あぁ。久しぶりだな、坊や」


 入院した子供達が集まる広間へ入ると、馴染みの顔が笑顔で寄ってくる。
 微笑みを返せば、小さな手で服を掴まれて、見かけよりも強い力で引っ張られた。


「凛姉ちゃんが来たよー!」

「わーい!」

「ねぇねぇお姉ちゃん、またお絵描きしてー?」

「分かった、分かった。何でも描いてあげるから、そう引っ張るな」


 入院するほど弱い体とは裏腹に、ここの子供達は元気だ。
 ……いいや、そう見えるだけかもしれないが。

 子供達に引っ付かれながら、私はテーブルの前に座って、リクエストされるままに絵を描いていく。
 懐かしい。大学生の頃も、ただの趣味だったイラストを、子供にせがまれて描いていた。
 軽い病気で入院した私は、数週間で退院して、すぐに子供達と別れてしまったが。

 けれど、あの時の子供の笑顔が、何となく生きていた私に“夢”というものを与えた。
 どこかで暇をしている子供に、私の絵が届けばいいと。


「あら、人気者ですね」

「ん?」


 イラストが描かれた紙を掲げて、キャッキャと騒いでいる子供の声に混じって、儚げな声がかけられる。
 顔の向きを反対に変えれば、そこには入院患者用の服を着た色白の女が立っていた。

 控えめな微笑みを湛えた女はしかし、テーブルの上を覗き込んで「へぇ〜」と感心したような声を出す。


「力強くて優しい、素敵な絵ですね。あなたが描かれたんですか?」