「知ってるか? 今日は嘘を吐いても許される日なんだってよ」
スーツを着崩した強面の男は、机を挟んで向こう側に座る女に言う。
ともすれば閉塞感と圧迫感を感じる、とある個室でのことだ。
「そうなんですか。知りませんでした」
「早速嘘を吐いたな。まぁ、他の嘘に比べれば可愛いもんだ」
「可愛いだなんて……職務中に女性を口説いていいんですか?」
白いブラウスを着た女性は、頬に手を添えて恥じらうように流し目を返す。
男はヒクリと口元を引き攣らせて、けれど理性を手繰り寄せるように、ひとつ咳払いをした。
「いい加減、ただの問答を繰り返すのも飽きた。そこでだ、エイプリルフールのルールを取り入れて話さないか?」「まあ……お堅い人だと思っていたのに、そんな遊び心もあったんですね。いいですよ」
「それじゃあ質問だ。一昨日の朝、7時から8時の間、どこで何をしていた?」
「7時、家を出ました。7時10分、ご老人と挨拶をしました。7時15分、ご老人のお家にお邪魔しました。7時45分、ご老人のお家を出ました」
女がにこりと微笑んで言葉を並べると、男は机に肘を置いて「ほぉ、いい度胸だな」と笑みを浮かべる。
その目はギラギラとしていて、全く笑っていなかった。
「老人の家にいる間、お前は何をしていた? どうやって家に入ったんだ」
「金庫や引き出しを少々漁っておりました。そこはもう、ヘアピンで鍵を開けてお邪魔しましたよ」
「つまりお前は、老人の家で空き巣をしたと?」
「言葉を選ばずに言ってしまえば、そうなりますね」
頬に手を添えて、女がにこにこすると、その下の腹からぐぅーと音が鳴る。
男が確認した腕時計は、12時を指していた。
「刑事さん、お腹が空きました」
「その前に、本題だ。エイプリルフールの午後はネタばらしの時間。さぁ、白状してもらおうか? 今言ったことは本当のことだと」
「あら、狡猾な作戦ですね」
「遊びを反故にするなら、やはり今のは自白と捉える。遊びに乗って嘘を吐いたことも無かったことなるからな」
男はグイと身を乗り出して笑う。
獲物を追い詰める鋭い瞳に映った女は、小首を傾げてほんわかと笑った。
「遊びのルールを、馬鹿真面目に守るわけないじゃないですか。そんなことにこだわるのは刑事さんくらいですよ」
「なっ、……つ、つまり、遊びを反故にするんだな。ならば……」
「はい、今申し上げたことは嘘でーす。私がやりましたと言えば満足ですか〜?」
「なんだと!?」
とうとう、ガタンと立ち上がった男にも怯えた様子を見せず、女は両手をひらひら振って馬鹿にするように笑った。
男のこめかみには青筋が浮き、頬もヒクヒクと引き攣っていたが、このような証言で女を犯人だと決定することはできない。
「ぷぷー、ただ時間を無駄にしましたね〜。早く昼食をとらせてくださーい?」
「この……っ!」
射殺さんばかりに睨んでも、女は煽りの表情を引っ込めなかった。
この事情聴取は、まだまだ続く……。
fin.