今日も、世界は平和だ

___________________ちょっと話が大きくなりすぎたかもしれない。



実際、あたしはこんな何かしらの主人公みたいなセリフを言うような生活は送ってないし。

現に今も、ほうきを抱えて古びた椅子に座っているだけだ。動くたびギシギシ音を鳴らしているから気が気じゃない。



「お、雫ちゃんおはようさん。今にも溶けちまいそうな顔してんなぁ。」


「おはよーおっちゃん、こんな暑い中掃き掃除させるなんてひどい母ちゃんだよねほんと!」


はっはっはと笑っているのは、近所の団子屋の”おっちゃん”こと、井口さん。
子供の頃からの顔見知りで、小さい頃からよくかわいがってもらった記憶がある。


「しっかしあんな小さかった雫ちゃんがもう高校生かぁ...
 俺も年取るわけだな」


「なにいってんのさ、まだまだ若いよおっちゃんは」

「嬉しいこと言ってくれんじゃないの!また夜くるからよ!」

なんて言って肩にかけてたタオルをかけなおしながら歩いて行ってしまった。
普通の家なら「え?夜に来るってどうゆうこと...?」と思うのだろうが、うちの場合は大歓迎である。なぜなら、うちは先祖代々続くいわゆる「老舗旅館」だからだ。

私達の住むこの街は有名な温泉街であり、なかでもうちは露天風呂が別格と言われるほど有名であるため、たまにテレビ局が取材に来るほどである。

けれど、コロナ禍の間に客足は遠のき、最近は少しずつ回復してきたとは言うもののコロナ前とはやはり違ってくる。だからこそ、ご近所との関係は大事であり、皆で助け合おうということでたまに近所の人達が疲れを取りにわざわざ来てくれるのだ。

そんな事を考えてまた椅子に座り直していると、2階から怒り声が聞こえてきた。
「ほら雫!ぼーっと座ってるだけじゃなくてちゃんと手動かしな!」
窓から身を乗り出すようにしているもののあまり顔は見えないが、眉間にシワを寄せていることはわかった。

「はーい、あ母さーん、また井口のおっちゃんが今夜くるってー」

「あらそう!また団子買いに行かなきゃね!」

と言いながら引っ込んで行った。


うちは早くに父さんが死んでしまったため、この旅館は母が一人で切り盛りしている。私が小3くらいだったろうか。
だから私は、女手一つで私を育てながらこの旅館を続けてきた母をとても尊敬するし、その母も、母が守ってきたこの旅館も大好きである。