「……?」

 少女の首に何か紐のようなものが掛かっていて、引き出してみると小さな巾着袋を首から下げているのだった。

 それはお守り袋のような形をしていて、触れてみると、かさかさと音がして、中に紙切れが入っているようだ。
 袋を開いて取り出してみる。小さく折りたたまれた紙だった。

 開いてみると、手のひらほどの大きさの薄紙に、『祈御武運』と小さな字で書かれている。
 ご武運を祈ります、か。彼女らしいなと思う。

 そしてその下には、さらに小さな字で、控えめに、こう書かれていた。


『石丸さん
 ありがとうございました。
 貴方にお会いできて幸せでした。
 いつの日かまた、必ず。
              千代』


 ――ああ、待っていてくれるのだな。

 そう直感した。

 千代ちゃんは、俺のことを、待ってくれるのだ。
 いつか会いにいく日を、また出会える日を、待っていてくれるのだ。

 彼女が別れ際に見せた、美しい涙と微笑み。
 堪えきれないような泣き顔、必死に浮かべた笑顔。

 あんな顔をさせなければいけなかったのが、とても、とても心苦しい。

「君は絶対に幸せになる」

 呪文のように、唱えてみる。
 ……いや、『呪文』は違うな。
 こんな間違いをしたら、また佐久間に笑われてしまう。
 最大限の願いを込めて唱える言葉……『祝詞』とでも言えばいいのか。なんだか違うな。
 これは祈りと言うのだろうか。

 ああ、もう、なんだっていい。

 神様、仏様。どうか頼みますよ。
 どうか、どうかあの子を、幸せにしてやってください。

 頼りない月にそう願う。祈る。

 それから少女人形の頭に手を当て、心の中で語りかける。

 君は絶対に幸せになる。
 俺が保証するから、安心してくれ。

 俺の残りの寿命は、お世話になったツルさんに渡す約束をした。
 だが、俺の幸せも、少なからず残っているはずだろう。
 なんせまだ二十一年しか生きていないのだ。
 ここで死ななかったなら得られるはずだった幸福が、まだまだたんまり残っているだろう。
 それは千代ちゃんに丸ごとあげよう。

 千代ちゃん、どうか幸せになってくれ。
 君は絶対に幸せになる。

 俺が幸せにしてやると、言ってあげられなくてごめんな。

 でもきっとまた会えるさ。
 たくさんの時が流れて、共に過ごしたこの場所から離れて、俺じゃない俺になっているだろうけど。君じゃない君になっているだろうけど。
 それでもいいじゃないか。

 今度こそは、素直な気持ちを伝えられる出会い方をしよう。
 自分の想いに蓋をして、相手の想いにも気づかぬふりをして、互いに何もかも呑み込んで、
 ……そんな虚しいことをしなくてもいい世の中に、なっているといいなあ。

 じゃあ、いつの日かまた、必ず。





SIDE:石丸 fin.