それは、幸せの味





「おいしい。……幸せの味だあ」

 大きな瞳を細めて、目尻を下げて、百合は心底幸せそうに笑った。

 その屈託のない笑顔に、こちらまで頬が緩む。
 かき氷くらいでこんなに喜んでくれるのならば、いくらでも食べさせてやりたいと思う。

 甘味処を出たあと、すぐに別れるのが名残惜しくて、少し散歩でもしようと声をかけた。

 目的もなく、あたりをぶらぶらと歩く。
 彼女が荷馬車に驚いてよろけたので思わず手首をつかみ、それを良いことに「危ないから」と口から出任せの理由をつけて、手をつないだまま歩き出した。

 百合は少し照れたように頬を赤らめ、それでもしっかりと手を握り返してくれた。
 それがどんなに嬉しかったか、彼女は知らないだろう。

 離すのが惜しかった。
 離れたくなかった。

 この時間が永遠に続けばいいのに――。
 つないだ手から伝わってくる温もりと、胸の奥から湧き上がる愛おしさが、そんな夢のようなことを俺に考えさせたのだろう。

 彼女の存在が俺の中でこんなにも大きくなったのは、いつからだろう。

 最初の印象は、なんだか不思議な子だな、というものだった。
 見慣れない服装をしていたし、話し方も少し変わっていた。
 誰もが知っているようなことを全く知らないこともあって、まるで異国から来た娘のように思えた。

 次の印象は、なんて真っ直ぐな子だろう、というものだった。
 普通なら権力や世間の目を怖れて口をつぐんでしまうようなことを、臆することなくはっきりと言葉にする。
 自分の素直な気持ちを隠さず面に出す。
 悲しいときは泣き、腹が立ったら怒り、嬉しいときは笑う。

 いちばん驚いたのは、百合が小さな男の子を守るために警官と対峙したときだった。
 壮年の大男を前にしても彼女は少しも怯まず、真正面から睨み合っていた。

 たまたま通りかかり、慌てて仲裁に入った俺が警棒で誤って打たれたとき、目を上げるとそこには彼女の小さな身体が、俺をかばうように警官の前に立ちはだかっていた。

 その背中には恐怖も怯えもなく、ただただ目の前の理不尽に対する怒りに燃えていた。
 その華奢な身体のどこにそんな力が秘められていたのかと驚くほどの、大きな怒りだった。

 百合の双眸はいつも光が宿っているようだった。
 瞳の奥にはいつも燃え盛る炎が揺れ、そこから溢れ出る涙は透き通って輝いていた。

 惹かれずにはいられなかった。
 気がついたときには、どうしようもないほど愛しい存在になっていた。