二月十四日。毎年この季節になると思い出す。中学生の頃の恋の話。


「来週バレンタインだけど、チョコ作ってこようか?」

 照れ隠しにこんなことを聞いてみた。

「え? う、うん。もらえたら嬉しい……」

 少しだけドギマギしながら答えるその様子は、彼の肩幅の広いがっちりとした体格とは不釣り合いに可愛らしくて、彼も私のことを意識してくれているようで嬉しかった。




 彼とは中学二年生になるときのクラス替えで同じクラスになって知り合った。

 彼の名前自体は【学年で常に五位以内に入っている頭の良い人】という情報が回っていた時に聞いたことはあったが、小学校は別だし彼も私もわざわざ他のクラスに友達をたくさん作るようなタイプではなかったからそれが本当に最初の出会いだ。

 彼は聡明で謙虚で自信家であった。

 二年生になって日が浅い頃、勉強ができる彼に私が「何でも知っていてすごいね」と言うと彼は「教科書に載っていることはね」と返した。本当に何でも知っているわけではないという謙虚さと、中学校レベルの勉強なら負けないという自信。

 その二つを両立している彼がなんとなく他の人とは違う気がして、興味を持った。あと、私は昔から広い肩幅が好きだったので彼の広い肩幅にも注目していた。

 私たちのクラスはスクールカーストとまではいかないけれど、グループがはっきりしているクラスだった。特に女子は顕著で、三人から五人くらいのグループに分かれていて他のグループの人とは滅多に話すことはなかった。

 男子はそこまでではなかったが、サッカー部やバスケ部のような花形みたいな運動部のグループ、運動部でもそこまで派手ではない人のグループ、文化系でおとなしい人たちのグループ、不良ではないけど不真面目な人たちのグループ、そんな風に分かれているのは一目瞭然だった。他のグループの人と話さないわけではないが同じグループの人との反応とは違うことははっきりとしていた。

 彼はどのグループとも同じように関わっていた。委員長という立場だったからというのもあったかもしれないが、誰とでも平等に、誰からも信頼されていて、そんな彼が特別に見えた。

 失礼ながら彼はそんなに女子からモテるタイプではないと思う。これまた失礼ながら顔はイケメンというほどではないし、話術があって面白い話をしてくれるわけでもない。運動部には所属しているけど話題になるほどの結果を出しているわけでもない。

 真面目で平等で頭が良くて、少し大人なだけなのだ。

 だから表立ってモテることはないが、密かに思いを寄せている女子はそれなりにいる。

 私のように。

 私も比較的真面目な方に属する人間なので彼とは気が合った。自惚れかもしれないがクラスの女子の中では彼と一番仲が良かった自信があるし、私の気持ちを知っている友達が彼も私のことが気になっているのではないか、などと言ってくれるくらいには客観的に見ても彼とは仲良しだった。

 しかし、私も彼も勉強に部活に生徒会に委員会にとても忙しく日々を過ごしていたため彼の気持ちを確かめる機会もなければ、機会を作るための心の準備をする時間もなかった。

 そんな私に早急に行動するようにけしかけたのは三学期に起こったある二つの出来事だった。

 一つは三年生になるときにクラス替えがあるという話を担任の先生から聞かされたことだ。

 私には二つ上のお兄ちゃんがいて、この中学校では二年生から三年生になるときにはクラス替えがないということを聞いていたからこの知らせはあまりにも衝撃的だった。忙しくとも彼と仲良くできている現状には割と満足していて、卒業までに気持ちを伝えられたら良いと軽く考えていた。

 別にクラスが変わっても学校からいなくなるわけではないが、中学生の私たちにとって同じクラスかそうでないかは大きな違いがあった。私は携帯電話を持っていたけれど。彼はまだ持っていなかったのも関係している。

 それに付随して四月にある修学旅行は、二年生までのクラスでの行動と三年生のクラスでの行動がある形となった。

 もう一つの出来事はその修学旅行に関わることだ。

 男女で班を作らなければならなくなって、男子同士、女子同士の班は自由だったけれどその班を合体させるのはくじによるものだった。結果、私と彼は違う班になってしまった。 

 ただでさえ四月から離れ離れになってしまうかもしれないのに修学旅行も別行動、という事実は中学生の私を焦らせるには十分すぎるほどのことだった。

 だから私は行動に出ることにした。

 いつもはお父さんとお兄ちゃんに作ってあげて、あとは女友達と交換するだけのイベントだったバレンタイン。もうすぐクラスが離れてしまうことを危惧して彼に私という存在をしっかりと認識してほしかった。臆病な私は気持ちを伝える勇気はなかったけれど、ここでチョコレートを渡しておけばいつかきっと気持ちが通じ合えると信じていた。

 彼とはクラス内では仲が良かったけれど教室の外でのことはあまり知らない。部活とか生徒会とか色々やっている彼は女子の知り合いも多く、もしかしたらその中に彼女が、なんて不安もあった。

 迷った挙句、私は彼にチョコを作ってこようか? なんて聞いてしまったが、彼が嬉しいと言ってくれたのが私を安心させてくれた。

 彼にチョコをあげる宣言をしてから当日までの一週間はずっとドキドキしていた。
 気持ちを伝えたい。

 でももし彼に別に好きな人がいたら私は耐えきれない。

 でも彼は私からチョコをもらえて嬉しいと言ってくれた。

 彼は私のことをどう思っているのだろうか。彼とは仲が良いつもりだけど、彼は寡黙で自分のことをそんなに開けっぴろげに話さないから私は彼のことを詳しくない。

 気持ちを伝えるのは怖い。



 いつしか不安ばかりが溜まり、不安なままバレンタイン当日を迎えた。

 チョコレート自体は小学生の頃からお母さんと一緒に作り慣れているので問題なく用意することができた。問題はどうやって渡すかだ。

 期末テストが近いので部活はなかったし、放課後に渡すことは決めていた。

 どこで渡すか、どんなシチュエーションを作るか。友人と相談した結果、人がある程度掃けた教室で渡すことに決めた。

 だってこれは告白ではないから。

 本命でもなく義理でもない。

 本命ではないのだから二人きりになる必要なんてない。彼にも私の気持ちを悟られたくない。

 でも誰かに見られることで私と彼がこれをきっかけに付き合い始めたなんて噂が立ちでもしたらそれはそれでありだと思う。

 私のことを意識してください。あわよくば告白なんてしてくれたら受け入れます。

 そんな自分勝手で、卑怯で、臆病な想いを伝えるための贈り物。


 放課後の教室には私とあらかじめ声をかけておいた彼と、事情を知る私の友人と女子が数人。ちょうど他の男子が誰もいなかったし残っている女子も感じが悪い人ではない。今しかない。

「これ……」

「うん……あ――」

「それじゃあ、また明日」

 なんて淡白でそっけない。

 彼はきっとありがとうと言おうとしてくれたはずなのに、その言葉を聞く前に私はその場を去ってしまった。

 そんなことを言われたら、嬉しくてどうにかなってしまいそうだから。臆病な私は一歩先へ踏み込む勇気がなかった。

 その後も彼とは今まで通りに接することができた。私はチョコのことを話題にしなかったし、それを察してか彼も話題にしなかった。

 その答えは一ヶ月後。

 

 社会人になった今でも、毎年この季節になると思い出す。